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西の善き乙女はDO MY BESTでしょ?

 スゴ本。すげぇ面白かった。今年読んだイチオシ→「西の善き魔女」。page turnerならNo.1。文字通りページを繰る手ももどかしく読了。オススメしてくれたのは嫁さん。前回の「ダレン・シャン」もそうだが、嫁さんのオススメは外れがない…極上の面白さをありがとー。
西の善き魔女
 本書を一言で片付けるなら○○○・○○○○○ーになってしまうが、そういう話で満足したらもったいない。

 最初は主人公である美少女フィリエルの身になって、ひたすらハマれる…


  • 運命に翻弄されるままをハラハラドキドキするもよし
  • ラブコメちっくな展開に萌える女の子の気分を味わうもよし
  • 百合百合できゅあきゅあな展開に身もだえするのもよし

 世界設定をしっかり考えて書いているので、読み手の楽しみ方はいろいろ。第1巻目の感想は[ここ]に書いたが、じゃぁ、ただのそういうお話かというと、かなりちがう。実は、この物語の素晴らしさはもっと深いところに根をもつ。

 面白さと深さは保証する。「何か面白い本ない?」んなら、こいつを強力にオススメしよう。以降、未読の方でもネタバレにならないように書くが、読了してからの方がより興味深いと断っておく。

* * *

 ファンタジーを読み進めるうち、ある疑問をが出てくる。それは、「世界の意義」という命題。推理小説なら「後期クイーン問題」だが、ファンタジーの場合なら「釈迦の手の孫悟空」問題だろう。

 ファンタジーの主人公は忙しい。運命に抗ったり、奇跡を目の当たりにしたり、強大な敵を打ち倒したり。そして、物語として面白ければ面白いほど、エスカレートしてくる。

 しかし、どんなに主人公が強くなろうとも、どんなに奇想天外な展開になろうとも、ファンタジーの中のキャラクターは、物語で設定された枠を越えることができない。孫悟空がいかに強く、速く、賢かろうとも、釈迦の掌から降りてまでして西遊記を続けることができない。

 その話にハマればハマるほど、読み手(=現実世界)との距離感が希釈され、ページをめくるときに浮かぶ疑問、

「このあとどうなるのだろう?」

が、

「なぜこの世界なのだろう?」

に変化する。実は二つの疑問は同義なのだが、読者は二つ目の疑問を問うてはいけないのだ。良いファンタジーは、二つ目の疑いが浮かんでくる前までに物語を終わらせる。最高のファンタジーは、二つ目の疑問の秘密を自ら明かす。つまり、その物語最大の謎「なぜその世界なのか」を物語そのもので答える仕掛け。

 作家がはまる陥穽はまさにここ。世界を規定せずに書き始めた結果、話がエスカレートしてくると、どうやって世界と折り合いをつければよいか分からなくなる。酷い場合は、途中から趣旨替えして、メタ世界や「最初に戻る」オチにしてしまう。そんな話では無かったのに… これは夢オチに等しい裏切り。

 「十二国記」はその好例で、明らかにカミ(?)の意思が加わっている世界を描きながら、陽子をその存在と同列にまで持ち上げている。このままだと、陽子=世界にして終わらせるか、陽子 vs カミ という神話にするほかなくなってしまう。今から○○○・○○○○○ーに転向したら一部ファンから暴動が起きるかも。あるいは胡蝶の夢か。

* * *

 意図してやっているのか、筆者の望む展開にキャラを合わせようとするあまり、「いいひと化」しちゃっているのが非常に残念。邪悪なものは邪悪に、厳かなものはそれなりに書き分ければよいものの、巻が代わるとキャラが変わる。この相対化のおかげで毒素がずいぶん減ってしまっている。

 どうしてもオーバーラップしてしまうのが現在進行中の「舞-乙HiME」(アニメの方)。蒼天の青玉やガルデローベ学園、隠されたプリンセスといった設定だけでない。まだ明かされていない仕掛けそのものが同じような予感が。ストーリーは全然違うが、どう見ても「西の善き魔女」を読んでいるとしか思えない。

 萌え萌え学園生活編から打って変わった鬱展開。目が離せない。いっぽうアニメ「西の善き魔女」は2006.4から放送開始。「舞-乙HiME」はオタむけ深夜アニメだが、こっちには『腐女子向け』のレッテルが貼られた乙女アニメにならないよう切に祈る…んが、東京MXテレビ土曜17:00~の『地獄少女』の枠?

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徹夜を覚悟する小説

 初読の作家でも読み始めると分かる、「こいつは徹夜を覚悟しないと」。前評判や導入部の『つかみ』、そして本そのものから立ちのぼる『におい』としかいいようのない予感から、冒頭の覚悟に至る。

 さらに読み進めて気づく。あのとき感じた、 ああ、予感は本物。眠気も吹き飛ぶ面白さ。明日の予定そっちのけ、この瞬間こそ全て。「スゴ本=すごい本」を血眼になって探すのは、この、読みながら吼えたくなる喜びを味わうため。

 ええ、ええ、もちろん「ダ・ヴィンチ・コード」読んだのさ。もう無我夢中でイッキ読み。テーマは「暗号+歴史+陰謀」を重厚に描いているにもかかわらず、文字通り「読むジェットコースター」、幸せな数時間を過ごしたのでありました。
ダ・ヴィンチ・コード
 謎を解く鍵がフィボナッチ数列だったり黄金比だったり、どこかで聞いたことがあるトリビアが散りばめられており、読み手も一緒になって楽しめる。特にこの小説の表紙「モナ・リザ」の真の意味を知ったときはおおおおっと雄たけびをあげてしまった。

 このテの小説で気をつけなければならないのは、薀蓄と展開の配分。分量を間違えるとただのトリビア集と成り果てて、「作者は頑張って調べたんだね、えらいね」という感想しか出てこなくなる(←何を指しているのかお分かりかと思うが、京極"弁当箱"のことなり)。

 徹夜を覚悟し、その期待を裏切らない小説。ここでは、「ダ・ヴィンチ・コード」に敬意を表し「暗号+歴史+陰謀」モノで徹夜を覚悟した小説をご紹介。

* * *

 まず「薔薇の名前」。舞台は中世ヨーロッパの修道院。連続変死事件ミステリを縦軸、キリスト教神学をベースとした知の探求の成果物を横軸にして、薀蓄の仕掛けに巻き込まれること請け合い。
薔薇の名前
 人類の知の体系を小説仕立てで再構築しようとする試みなのか、読んでいてクラクラする。徹夜を覚悟した小説だけれど、あえなくダウン。メインの連続変死事件の話よりも、キリスト教神学体系(とそこから派生する有象無象の芸術・文化群)に振り回される。結局読み終えるのに1週間(プラス知恵熱)。

 スゴ本とは何ぞや? 「薔薇の名前」のことなり(思い出してて再読したくなってきた)。

* * *

フリッカー、あるいは映画の魔」の一節。芸術についての至言。こいつを頭の隅に置いて読むと面白いというよりも恐くなる。「ダ・ヴィンチ・コード」でも同様。

   芸術はすべからく隠蔽することにある
   芸術家はつねに表層下で仕事をする
   それが人びとの精神にくいこむ唯一の方法だから

   ―― マックス・キャッスル
フリッカー、あるいは映画の魔
 無類の映画好きジョナサンがとり憑かれた魔物、その名はマックス・キャッスル。遺された彼の監督作品はどれもこれも、超絶技巧な映画だった… ジョナサンは彼の究極映像を追い求めるのだが、それは悪夢の遍歴なのかも。

 この主人公がウラヤマしい~と思わない映画ファンはいないだろう。もう好きで好きでたまらない。映画狂が昂ずるあまり古いながらも劇場を手に入れ、映画三昧の毎日。さらに、ベッドの上でカリスマ女流評論家から映画の理論的考察と濃厚なセックスの手ほどきを受け、助教授まで出世する。「映画で食っていく」なんて、映画好きなら誰しも夢想した未来。

 映像美のディテールがまたスゴい。観てきたように緻密に描写されているから、読み手は「マックス・キャッスルの映画観てぇ~!たとえ悪魔に魂を売ることになったとしても」と吼える…で、ラストの"究極の映像"に身もだえするだろう。

 …ああああ、このネタを振るときは、デイヴィッド・マレルのアレを挙げたい…のだが、スーパーネタバレになるので、言えねぇ… 両方とも読んだ方ならピンとくるはずだし、片方しか読んでないなら激しくネタバレだし。

* * *

 「薔薇」も「フリッカー」もボリュームがハンパじゃない。徹夜を覚悟しても翌朝までにはとても読みきれない。一方、「千尋の闇」は徹夜を覚悟し、徹夜で読んだ。文庫上下巻で800頁超だが、やめられない止まらない。「薔薇」「フリッカー」は納得して力尽きることがあろうが、こいつはちょうど完徹できる分量。翌日は休日であることを確認してから頁を開くこと。
千尋の闇
 50年前に謎めいた失脚を遂げた、ある青年政治家の手記を読む主人公の『背後から』、この小説を追いかけることになる。このメタ構成を最初にして、さながら万華鏡のように変転する。読み進める毎に、『戻って』読み直したくなる。

 物語が二重底、三重底になっている。部屋の中に部屋があるような奇妙な感覚に陥る。この目くるめく感じがたまらない。この手記に囚われる主人公同様、読み手もどんどん深みにハマる。頁が尽きてくると「終わらないでー」と何度も呻きながら読んだ。

* * *

 明日の予定そっちのけ。眠たくっても、怒られても、トシをとっても、やめられない。なんにも知らない頃に戻って、読みなおしたい夜もたまにあるけど、あのとき感じた気持ちは本物。いま、わたしを動かすのは、スゴ本。

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