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ゲームで子育て(ポケモン編)

 ゲーム脳の恐怖なんて、どこ吹く風―― わたし自身大好き。

 昔の子どもは、それはそれは苦労したもの。なにしろ、お茶の間にゲーム機を持ってくる最初の世代だったのから。

 「テレビゲームぅ? いけません!ドリルしなくなるから」

 『ちゃんとやるよ、約束する!お手伝いもする!お年玉とおこづかいも貯めたよ』

  ―― あらゆる親子の間で、この会話がされたに違いない。当時はテレビ漬けの弊害が声高に言われてたし、ゲーム機そのものが高価なこともあって、ハードルはとてつもなく高かった。「おもちゃにそんなお金は出せません」が常套句だった。

 それがどうよ、今の子どもらは。生まれたときからリビングにゲーム機がある最初の世代だ。物心ついたときから、労せずともゲームとの付き合いが始まっているわけ。非常にうらやましいむずかしい状況なので、よく考えてゲームと付き合ってもらわないと。

ポケモン緑 え? 禁止にしないのかって? 無駄無駄無駄ァ、これだけ世の中に浸透してているから、「ウチだけゲーム厳禁」は、不可能。カンペキな英才教育を施すとか、ピアニストとして育てるとか、何か【親としての】目標があるならともかく、ふつうに学校なり近所の中で暮らすなら、ゲームは避けて通れない。テレビを避けて通れないのといっしょ。

 子育てにおけるゲームの効用については、以前のエントリ「ゲームで子育て」で語ったが、ここでは「ポケットモンスター(グリーン)」を与えた理由について書く。

1.ひらがな・カタカナに慣れる

 最初の目的はこれ。子どもは本好きでもあるので、山のように読み聞かせているが、自分で読むとたどたどしい。もうちょっと慣れて欲しいなーという思いから。「紙ではないメディア、即ちディスプレイから文字を読み取る」最初の世代でもあるので、慣れが必要。

2.足し算・引き算をマスターする

 攻撃力やHP の概念は、そのまま足し算・引き算の話になる。バトルで勝つために「あと何回攻撃を食らったらダメか?」を計算できるようになる。ターン制→掛け算の概念まで理解してくれるとうれしい。

3.まず自分で調べて、それから質問する

 そろそろ「分からなかったら人に訊く」姿勢を卒業して欲しい。まず自分で調べて、それでも分からないことを整理して質問するようになって欲しい。最適なのはこれ→ゲームマニュアル:マニュアル→試行錯誤→質問で質問力を身につけて欲しい。ネットで調べる方法も伝授しよう。

4.自分の欲求をコントロールする

 最重要の目標であることは、わたしも嫁さんも完全一致した。やるのはいいが、やり過ぎは良くない、程ほどが肝心:過猶不及というやつ。親の制限が効くのは小学校低学年までだから、それまでに自分をコントロールする術を身に付けてもらわないと。

 最初の目的「ひらがな・カタカナに慣れる」を話し合ったとき、「Kanon(PS2)やらせたら? 読み上げてくれるし」などと提案し、嫁さんに激怒される。やっぱり教育上アレだな… 閑話休題、目が悪くならないか、非社交的にならないか、ゲームの世界に逃げ込んでしまわないか… リスクについて嫁さんとよーく話し合う。

 ゲームとどういう風に付き合って、ゲームから何を得るのかを二人で考え抜く。リスクを最小化してメリットを最大限享受するために、制限時間や代償のルールを設ける。入門はポケモンで充分だけど、より戦略的にゲームの素晴らしさを味わって欲しいと願う。

 ゲームの素晴らしさは、ストーリーとシステムの幸福な結婚にあると思う。練りこまれたストーリーと、そいつを実現するシステムが紡ぎだす世界を堪能することだと信じる。例えば、ICO:R1ボタンで「手をつなぐ」ことと、「二人で」城を脱出するストーリー。例えば、YU-NO:リフレクターデバイスでしかたどれない「この世の果て」と、並列世界のストーリー。

ワンダと巨像 世界に飛び込んで味わうヨロコビは、小説や映画と一緒。ゲームの方が"かかわれる"分だけハマりやすいので注意が必要だが、超一級の小説や映画を楽しむように、優れたゲームもガンガン紹介するつもり。わが子には、ドストエフスキーも読んで欲しいが、「ワンダと巨像」もプレイして欲しいんだ―― え? その頃はもっといいゲームが出てるって? ならばよし!まずトーチャンが先ねっ


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「ローマ人の物語」を10倍楽しく読む方法:「古代ローマ軍団大百科」

古代ローマ軍団大百科 「ローマ人の物語」を読むとき、最強のサブテキストになる。特に、ハンニバル編とカエサル編を読むときは、手元にあると興奮が倍増する。基本的に、「ローマ人」は文章ばかりなので、本書に満載されているレリーフの写真、想像図、再演の画像で補強するといいかも。

 土木建設国家ローマの兵隊は、基本的に工兵だ。道をつくり橋をつくり、宿営地や砦をつくる。剣よりもスコップ持ってる時間の方が長かったんじゃないかと。そんなローマ軍団に密着取材してみました、というのが本書。

 まず、装備や兵舎から、食事や宗教、給与にいたるまでの日常生活を始めとし、非番の日は何をしていたか、家族は、結婚は、娯楽は…と、さまざまな疑問に答えてくれる。自分の葬式代を給料から積み立てていた… なんて、生々しいネタも拾える。2000年前のローマ軍が現代のPKFよりも身近に感じられる。

 さらには、軍事教練や、日課、軍団組織の発展や騎兵の使用形態、海軍の創設といった、軍隊としての組織や活動の詳細を知ることができる。戦争になったときの、軍団と支援軍騎兵隊の関係、輜重隊の位置付け、戦闘隊形、など士官レベルの情報も網羅している。

 スゴいのは、歴史に残る戦いを詳細に分析したレポート。両軍の戦力と戦闘方針の分析、実際の戦闘の推移が立体的に描かれ、シミュレーションゲームのように「見える」。(書き手の想像力とあいまって)自分もあれこれ妄想をたくましくできる。


  • エクノムスの戦い(前256)
  • カンナエ(カンネー)の戦い(前216.8.2)
  • ボウディッカ征伐(60)
  • マサダの攻囲戦(73)
  • ストラスブールの会戦(357)

 カンネーの戦いの分析にしびれた。ローマ軍の主力重装歩兵の密集団の圧力をどのように受け→散らし→包囲戦へ持ち込んだか、同時にガリア騎兵をこれ以上ないほど巧妙に用兵していったか、が見てきたように描かれている。

 「古代ローマ軍団のすべてが分かる」という宣伝文句はダテじゃない。古代ローマの軍団に特化してここまで掘り下げて書いてあるのは、初めてじゃないかしらん。

 そうそう、本書は非常に濃ゆい逸品だけど、お値段も立派なので、図書館で借りるべし。

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修羅場シミュレーション「間違いだらけのシステム開発」

間違いだらけのシステム開発 燃えるプロジェクトに投下され、火消し&延焼抑止に奔走し、落ち着いたころに引き抜かれ、次へ… そのたびに、心労で胃痛になるか、ストレス食いで太るか。

 失敗プロジェクトなら、必ず現場がゾンビ化するとは限らない。腐敗は脳(上層部)から始まり、皮膚の内側(見えないところ)で進行する ←これかなり重要

 たとえば、問題なくリリースまで至るが、一銭たりとも支払われなかったとき。次 ver.で費用は見てやるからさ、それまでにこの要件を「追加」として扱わないで作ってよ… というパターン。承諾しないPMは疎まれ、事情を知ったメンバーは総替え(あるいは脱出)する。そして、次の人にお鉢がまわってくる―― いっさいの事情を聞かされずに、警告すらされないまま。さあ、修羅場のはじまりだ …

 …なんてね、知人の話だよ(棒読み)。

 「間違いだらけのシステム開発」では、そんな笑えない知人の話がたくさんある。どいつもこいつも生々しい。読んでるこっちも胃が痛くなってくる。

 たとえば、一次請けが監督してないところで二次請けが要件定義を行い、膨らませてしまったんだけど、もともとの原因は一次請けが書いた糞RFPにあるため、追加費用を請求できないプロジェクトとか

 たとえば、リプレースだと思ってたら、高飛車なコンサルタントが乗り込んできて、「わたしは社長の意志なんです」などとを口走りながら計画をメチャメチャにした挙句、折衷案なゴールで迷走を始めたプロジェクトとか

 たとえば、納期・コストが切り詰められているので、品質を犠牲にしたプロジェクトとか。具体的には、異常系で手を抜いて、後始末は、空文でcatchするexception で握りつぶしておくとか(そして、リリース後にバレるとか)

 それを、事情を知らずに引き継ぐとか…

IT失敗学の研究 それでも、達成が困難だからといって役割を放り出すことはできない。ピッチャーの球が速いからこのイニングは出ない、なんて許されないことと一緒。ITプロジェクトの失敗事例を徹底的に収集した「IT失敗学の研究」(レビューは[ココ])と偉い違う。「失敗したのはボクのせいじゃないモン!」という書き手の被害者意識と対照的に、さすがコンサルタント、冷静に非情に分析している。対策もロジカルに納得できるものばかり… なんだが、なんかこう、「熱」が伝わってこない。

 どうしてなんだろう、と考え考え読むうちに、思い当たる→「一人称」がないんだ。つまり、「私なら」や、「私の場合」で書かれる打ち手がなく、徹頭徹尾べき論に閉じて書かれているんだ。おそらく執筆者(たち)のキャリアと、今の顧客を考慮してこうなったんだろう。あるいは、一人称で書くと辛いこと思い出してしまうからか?

 だから、読んでるこっちは「そのとおりだ」とは思っても、「わたしが」どうしていいか分からない。具体化は各自でってことになる。


  • 開発プロセスを標準化しましょう
  • ステークホルダー間の調整を密にして死角を作らないようにしましょう
  • 情報システム部門がイニシアチブをとってプロジェクトマネジメントしましょう

 そんなことは知ってるってば!批評家になって、間違いだらけと指摘するのはいいけれど、書いてるアンタがどうあがいたのかを教えてくれ!その体験談こそが宝なんだよっって叫びながら読む。

 システム開発の落とし穴は、たくさんある。しかも、分かりやすくある。そこあることが予め充分に承知してる。分かっていながら落ちるんだ。こんなこと書くと「そこにあるの知ってて落ちるなんてバカぁ? 」と思われるかもしれない。そう、確かにその通り。

 それでも、そこにあることが分かってても落ちるのが、システム開発の罠なんだ…というシンプルな事実を再認識させてくれる。いかにもありそうな落とし罠で、誰でも一度や二度三度と陥ったことがあるはず。

 しかし、どんな罠(裏事情)か分かって落ちるのが幸せか、知らずに火だるまになるのが幸せかというと―― これ読んで予めシミュレートしておいた方がいいに決まってる。そういう疑似体験(覚悟ともいう)ができる本として、これは非情に非常に価値がある一冊だ。

 ただ、一点だけウソがある。それは、どんな残酷物語でも、ラストでは頑張ってやりおおせました、めでたしめでたし… で終わってるとこ。ウソつけ~ そのモデルとなったプロジェクトが、本当はどういう結末を迎えたのか… いや、やめておこう、知りたくない。知らないほうが幸せなのかもしれない。

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涼宮ハルヒの将来

魔天楼、薬師寺涼子の事件簿 ツンデレについて嫁さんと語りあってるうちに紹介された一冊。「ハルヒだルイズだとウルサイわね!これでも読んでなさい!」と一喝され、一読… こ、これは、涼宮ハルヒの10年後だっ→「魔天楼 ── 薬師寺涼子の事件簿」(田中芳樹)。

 薬師寺涼子──絶世の美女、27歳。警視庁刑事部参事官の警視、東大法学部卒。在学中に司法試験、外交官試験、国家公務員 I 種試験に合格。フランス語、英語を流暢に話し、スペイン語、ラテン語にも通じている。格闘技に通じ実戦でほとんど負けたことが無い。性格は協調性が皆無、傲岸不遜、傍若無人、天上天下唯我独尊

 ドラキュラもよけて通るという意味の「ドラよけお涼」の異名を持つ。つまり、彼女の行くところ摩訶不思議な事件ばかり。嫁さんによると、ドラゴンもまたいで通る意味で「ドラまたお涼」とも呼ばれているらしい。

 そんな彼女が、「助手A」「付き人」「下僕」…とさまざまな名前で呼ぶ泉田クンをひきつれて、きょうも取り組む(というか巻き込まれる)怪事件の数々、というストーリー。どういうキャラクターなのか、名言(迷言)で見て欲しい(カッコ内はサブタイトル)。

  • 「思い知った? 正義は必ず勝つ。いえ、正義とはあたしが勝つことよ!」(魔天楼)
  • 「オホホホホ、死人に口なし。あらゆる事象を浄化するステキなコトワザね。"勝てば官軍" のつぎに好きよ」(東京ナイトメア)
  • 「あなたこそ自分を何サマだと思ってるの!? あたしは薬師寺涼子サマよ! 」(巴里・妖都変)
  • 「神を恐れなくていいから、あたしを恐れなさい」(クレオパトラの葬送)

 完全無欠の美貌と才能を持ちながら、よりによって警視庁を目指したのは、「合法的に国家権力を行使するため」と断言しかねない勢いの彼女は、どうみてもハルヒの未来予想図だ。ハルヒならやりかねない → 手始めに警察組織に君臨してから世界征服。

 キョンに相当する泉田クンが不憫でならない。一人暮らしのマンションに招かれ、手料理をふるまわれたことがあるらしいが、基本的に踏み台扱いされている。下僕ながら、惚れられているらしいので(ルイズパターン)、がんばれ泉田! (たぶん)未来は明るいかも…

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