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「ローマ人の物語」を10倍楽しく読む方法:「カエサルを撃て」は強姦率100%

カエサルを撃て 塩野七生のローマは確かに面白いが、イイオトコに目がないという欠点(?)もある。ハンニバルであれスキピオであれ、イイオトコが出てくると、いたく贔屓して書いてくる。2000年も前の男に入れ揚げているのはこっけいだけど、そんなこと言おうものなら、「生きてる・オトコに・飽きたところよ!」と返されそう(古っ)。

 だから、カエサルはとてつもなく贔屓されているんだろーなーと容易に想像できる。というのも、「ガリア戦記」を読む限り、非情にストイック&鋼の意志が感じ取れるから。こんなイイオトコを塩婆はスルーするはずがない。必ずや美辞麗句を連ねてこの天才を書いてくるだろう。マンガ描けるなら溢れんばかりに百合や薔薇の花なんかを添えてくるに違いない。

 その結果、辟易するのは目に見えているので、予め「カエサルを撃て」(佐藤賢一)で中和する→結果:これはこれでウンザリできた。情けない中年男の悲哀に押しつぶされるカエサルが描かれている。小事にウジウジし、保守的で、ごまかしとへつらいで自身を糊塗しまくっている。「ガリア戦記」を読んだ方なら耐えがたいほどの落差を見るだろう。塩婆が読んだなら卒倒するに違いないダメオヤジぶり。

── 紀元前五十二年、美しくも残忍な若者ウェルキンゲトリクスは混沌とするガリア諸族を纏め上げ、侵略を続けるローマに牙を剥いた。対するローマ総督カエサルはポンペイウスへの劣等感に苛まれていた… ガリア王とローマの英雄が繰り広げる熾烈な戦いの果てに、二人は何を見たのか ──

 そんな私利私欲・コンプレックスの塊のようなカエサルが、なぜ覇道を成したかというと、実は… というトコが物語の肝なんだろう。ひょっとするとカエサルは「撃たれる」ことで、一度死んで生まれかわったのかもしれない

 小説好きの間で「サトケンにハズレなし」と言い交わされているらしい。サトケン、即ち佐藤賢一の作品はどれも面白いという意味なんだが、わたしにとって本作がサトケンの初読みになる。

 面白かったか? と問われれば yes なんだけど… ガリア王とローマの英雄の二大ヒーローが死力を尽くして闘うのは確かに面白いが、二人とも独白しすぎ。煩悶と独り言が延々と続くのは、碇シンジ君みたいでイヤ(←それが狙いともいえるが)。読み手がダレてくる頃合いを見計らって、強姦と虐殺シーンを織り交ぜるのは2パターン目で見抜いた。ちなみに和姦は一切ない。つまり、強姦率100%なので、美女が出てきたら犯られるものだと合点して読むべし

 もったいないなーと思ったのは、戦争の場面。戦闘シーンは残虐非道に素晴らしく書けているのに、用兵の妙というか、戦術の噛みあいがなくて残念だった。戦略レベルになるとほとんど見当たらない。両雄とも思いつきのような発想で軍を動かしている。これは、地図を準備せずに執筆したんだろうなぁ…

 あ、そうそう。ツンデレラー/ツンデレスキーは、ガリア王が妻に迎えるエポナ(14歳)に注目すること。古典的なツンデレが堪能できますゾ(結局犯られるワケなんだが…)

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名著!「デッドライン」

デッドライン 長くなりすぎたこのエントリのレジュメ …というか、見出しの一覧。これ見てご興味ある方はお読み下さいませ。

  • マネジメントの4つの本質
  • マネジメントおける簡潔で痛切なエッセンス(一部)
  • 設計とデバッグに関する恐ろしい事実
  • 残業と生産性とプレッシャーに関する恐ろしい事実
  • 生産性の測定について
  • 管理者の怒りについて
  • 会議を効率よく行うための、たったひとつの冴えたやりかた

 大事なことが、ずばり書いてある。背中を押したのは「ソフトウェア開発の名著を読む」なんだけど、確かに名著だ。初読は物語を楽しみ、再読、再々読で血肉にすべきだな。

 延ばし延ばしにしてた一冊を読み始めて「どうして今まで読まなかったんだあぁぁっ」と叫びだすような逸品がある。本書がまさにそう。デマルコは「ピープルウェア」がピカイチと決め付けてた自分が恥ずかしい。

 「ピープル」がプログラマ・チームリーダーの視点で書いているが、「デッドライン」ではプロジェクトマネージャをテーマとしている。この業界でPMやっている方なら、沢山の気づきが見つかるだろう。いや、気づきだらけといってもいい。

マネジメントの4つの本質

 そのうち、アタマガツンとやられる「気づき」がある。正しい管理の四つの本質がそうだ。簡潔で、痛烈だが、真実だ。

正しい管理の四つの本質
   ・適切な人材を雇用する
   ・その人材を適所にあてはめる
   ・人びとの士気を保つ
   ・チームの結束を強め、維持する

ふむふむ、人材、適材適所、士気、チームワークか、あったりまえじゃねーかと思いながら、最後の一文で凍る。

   (それ以外のことは全部管理ごっこ)

 確 か に そ の 通 り 。ぐぅの音も出やしない。この本質を疎かにしたら、プロジェクト計画書やWBS、ガントチャートはまるで意味をなさない。それらはツールでしかないから。ツールを玩ぶのは"ごっこ"そのもの。

 ソフトウェア・システムは人が作る。自動化が喧伝されるが、本質は不変だ。だから、次の式が常に成り立つ。

   ソフトウェア・システムの問題 = 人の問題

 この「人」の中に自分も含めていい。だから、何らかの問題が発生するならば、その原因(の根っこ)には、自分も含めた人が存在する。あるいは、その解決策(の根っこ)には、やっぱり人がいる。

 小説じたてでエッセンスが紹介されるのは、制約条件理論の「ザ・ゴール」と一緒。しかし、導師(グル)の教えをレクチャーする話ではなく、メンバー同士の会話が問題解決への突破口となっており、気が抜けない。

 つまり、架空の自分をそこに紛れ込ませて、「自分だったらどうするか?」をあれこれ考えるというわけ。「ご教授を賜る」ための読書ではなく、自分の経験・ノウハウを当てはめながら一緒になって悩むことができる。

マネジメントおける簡潔で痛切なエッセンス(一部)

 エッセンスの一部を紹介する。簡潔で、痛切だが、真実だ。

  • 戦闘が始まるときには、管理者のほんとうの仕事はもう終わっている
  • 変更は、あらゆるプロジェクトの成功のために必要不可欠だ
  • 人は安全だとわからないと変更を受け入れない。安全が保証されていないと、リスクを避けようとする
  • どれほど強い脅しをかけても、最初に割当てた時間が足りなければ、やはり仕事は完成しない
  • 短期的に生産性を高める方法などない。生産性は、長期的な投資によって向上する
  • リスクを管理することでプロジェクトを管理せよ
  • 一日をむだにする方法はいくらでもある…しかし、一日を取り戻す方法は一つもない

設計とデバッグに関する恐ろしい事実

 ただ「気づき」をもらうだけではない。自己の苦い経験を思い出させ、そこからどうすればよかったかを過去に戻って気づかされることもある。第14章では、例えばこんな風に――

【スケジュールが圧縮され、デバッグに割当てられる時間がほとんどない状況で】

「デバッグの時間がなかったら、どうやってプロジェクトを運営すればいいんです」とトムキンスは疑い深げに言った
『デバッグにかかる時間は、バグの数に比例するんだろう』ケノロスは無知な人間に話しかけるかのように言った
「ええ、でもデバッグに時間をかけないということは…」
『バグがあっちゃいけないってことだ。わかってるじゃないか。そのとおりだ。覚えがいいぞ』
「バグがない!」
『あんたが言ったんだぞ』
「どうすればバグをなくすことができるんです?!」
『さあ、考えてみろ、あるモジュールの中でバグを見つけた。バグはどこにある?』
「モジュールの中です」
『ちがう。モジュールの端にあるんだ。一番端のとこだ。たしかに、真ん中へんにも簡単なバグはある。そのモジュールの内部だけのやつだ。だが、そいつらは調べれば簡単にわかる。ほんとに時間のかかるバグは、そのモジュールとその他の部分のインタフェースにからむやつだ』
「そうです、だれでも知ってることです。それで?」
『それで、あんたたちはデバッグ中にそんなバグを見つけると、まちがったところを見るんだ』
「なにを見るんですって?」トムキンスはいらだってたずねた
『モジュールと、その内部を見るんだ。コードを見ている』
「なにを見ればいいっていうんです」
『設計だ。目の前に並んでいるインタフェースに関する情報は、みんな設計の中にある』
「でも、設計をレビューするときに、欠陥は取り除くように努力しています。それはもうやっています。それでももぐり込む欠陥を見つけ出すために、膨大なデバッグ作業が必要なんです」
『ちがうな』
「ちがう? 設計のレビュー中にバグがもぐり込むのがちがうっていうんですか」
『いや、設計中にほんとにバグを取り除こうとしているってのがちがうんだ』
「どうしてそんなことが言えるんですか」
『わかってるとも。おれは何年も見て回ったが、レビューをする価値があるぐらい、実際のコードに十分近づくまで設計をしているやつはほとんどいなかった』
「設計はやるにきまってます。だれでもやります」
『あたりまえさ。でも、設計段階でやってないんだ。設計のときは、チームはドキュメントを作成する。"理念"なんてものをでっちあげて、ファイル・レイアウトなんかを一つ二つ作って、形だけのレビューをやる。連中が考えてるのは、管理者にうるさく言われないために必要なことをやって、早くコーディングに進むことだけだ。最後に、管理者がオーケーを出す。次の段階に進める。チームは喜んで、いわゆる設計は棚に放り込んで、二度と見ることもない。ただの棚飾りだ。そして、コーディングの段階になってほんとの設計をやっている。コーディングの最中に、だ。そのころになって、実際のモジュールをどうするか、実際のインタフェースをどうするか決めてるんだ。しかも、そういう決定はレビューされない

 太字はわたし。ここまでなら周知の事実かもしれない。わたし自身、この会話は誰かとしたことがある。では、この状況でどうすべき『だった』か、つまり、主人公トムキンスがこの後どのように行動したか、そしてその結果は――ご自身でお確かめあれ。結論はできすぎた話かもしれないが、理解はできる。ただし、自分がその打ち手を選ぶためには、【勇気】が必要。

残業と生産性とプレッシャーに関する恐ろしい事実

 第15章。小説だから書けた話なんだろうが、薄々分かっていたけれど、ひょっとすると――ひょっとしなくても、本当のことなんだろう→「残業時間が増えれば増えるほど、生産性はガタ落ちすること」

 ええまぁ、わたしの経験からしても、「昼間は雑務や電話応対で、アタマを使う設計やプログラミングは夜間の仕事」と分けていたから。顧客の電話の相手や、くだらない書類・メールに邪魔されて、昼間は落ち着いて仕事ができない、というのが原因だ。

 生産性とは、ホントのところ、時間あたりのライン数などではなく、利益をコストで割ったもので計るべきなんだろう。利益は、仕事からの収益や削減できた金額で計ることができるし、コストは全体コスト(退職者の補充・要員の追加に伴う教育費を含む)で算出できる。この観点に立つなら、メンバーの士気をすり減らし、燃え尽きへ追いやる残業は即ち「悪」といえる。

 じゃぁ、管理者は何をしたらいいのか? 「残業時間を増やすこと→より多くの結果を出すこと」が間違いなら、管理者にはすることが無くなってしまうではないか。この質問にはスゴ腕のPMであるベリンダ(ただしホームレス)がこう答える。

「ほかのこと。むずかしいことばかりね。採用、刺激、チームの力学、優秀な人材を保ちつづけること、手法から非効率的な部分を取り除くこと、ミーティングを減らすこと、オーバーヘッドを減らすこと、余分なドキュメンテーションを削減すること」

 そして、時間外労働に突入しようとするメンバーには、こういういうべき→「家へ帰れ。今から10分以内に電気を消すぞ、本気だからな」ってね。

 しかし、そうはいっても締め切りが、プレッシャーが、デッドラインが…と反論することは可能だ。まさに本書の題名どおり、勘ドコロを突いているのが次の回答だ。


 【質問】
      プレッシャーがプログラマーに与える影響が、6%の生産性向上
      だけで平坦化してしまうのはなぜですか?

 【回答】
      プレッシャーをかけられても思考は速くならない

 この一行は10回読んだ。絶対に忘れてはならない一行なり。

生産性の測定について

 「生産性を測定することは不可能だ」←この意見に反発を覚えたことがある。この業界のグルの御発言なので、めったな反論は差し控え、実践で証明してみようと色々試みている。

 わたしの場合、完全新規のスクラッチなんて無い。たいていは以前に似たもの(あるいはプロトタイプ)を作っている。過去の類似プロジェクトから類推できる部分と、新技術を導入したことで不明確な部分とに分け、後者を段階的に係数化して見積もり・管理してきた。

 リスクテイクしなければならない部分を最初から切り分け、予実の乖離は発見次第、即反映している。FP法の猿真似だが、似たようなプロジェクトを任される限り、かなり精確に出せている。

 そんなわたしにとって、第12章「プロジェクトの数量化」の以下のくだりでは、強力な味方ができたようで、大いに励みになった。

  • 測定単位を気にするな。客観的な尺度ができるまでの間は、主観的な単位を使えばよい
  • 考古学的なデータを収集し、これまでに完了しているプロジェクトから生産性を算出する
  • 過去のプロジェクトをもとにトレンド・ラインを引き、予想される労力を合成尺度の値の関数として示す予想をたてるべき

管理者の怒りについて

 これまた陳腐な話題かもしれないが、どこの職場にも必ず一人はいる「怒れる管理者」。高圧的で、嫌味ったらしく、みんなの嫌われもの(本人はそれが"管理者のあるべき姿"だと思い込んでいる)。

 しかし、感情は伝染する。笑顔やアクビが伝染するように、怒りも伝染する。上の管理者が怒鳴ると、下の管理者も同じような行動をとる。虐待された子どもが自分の子どもを虐待するのと同じだ。本書では怒れる管理者をズバリ「管理者としての能力不足」と断ずるが、それだけではない。なぜ管理者が怒るのか? についてこれまたズバリと書いている。

 なぜ管理者は怒るのか? 第16章にこうある。

 それは、恐れているから。与えられた役割をまっとうできないのではないか、会社の期待に背くのではないか、立場を失ってしまうのではないか、失敗するのではないか… 仕事場では、恐怖を表に出すことは許されない。けれども、何かを吐き出す必要があるとき、たいてい怒りが選ばれる。以下の文章をもっと早く知っていたら、どれだけ(過去の)わたしが救われたことだろう。

  • 怒りは恐怖である。部下に対して罵倒の行動をとる管理者は、ほとんどの場合、恐いからそうしているのである
  • 怒っている人は、恐怖を表に出したくない。つまり、怒りが恐怖の表れだと分かってしまったら、怒りを吐き出すこともできなくなる
  • これは怒っている人の問題は解決できないが、他の人の悩みは軽減できるだろう

 怒れる管理者の心がよーくわかった。あの人はだからいつも怒ってるんだな、と思うと、少し気持ちが軽くなった(この秘密は今怒鳴られているアイツにも教えてやろう)。

会議を効率よく行うための、たったひとつの冴えたやりかた

 第20章、これは知っていた――というか、何百回もひどい目に遭って、ようやくたどり着いた、たった一つの冴えたやりかた。十年前に知っていたなら、考えたくないほど莫大な時間と労力を節約できていただろう。それは、これだ↓

  • 会議は、重要ではない人物が出席しなくても心配ないように、小さくする必要がある。欠席者が安心するための最も簡単な方法は、議事予定表を発行し、それに厳密に従うことである

 何百時間も自分の時間を費やして、同じ結論だ。だからわたしは、自分が主催するミーティングでは必ず、


  • 議事予定表(日時、場所、議題一覧)をメールで事前共有
  • ミーティング前に、ホワイトボードの端に議題一覧を書いておく(終わったらチェック印)
  • 開始の呪文「今から皆さんの時間を○○分使って、まず□□、次に△△… を決めます」で始める

を実践している。また、上記の条件を一つも満たさない会議には出席しない(あるいは退席する)ようにしている。

 会議のやり方に限らず、他にも、多すぎるメンバーが招く問題や「製品の部品=プロジェクトの構成」からくる問題(第19章)、プロジェクトをめぐる病んだ政治にまきこまれた場合に気をつけねばならぬこと(第21章)などなど、思い当たることばかり。

 身におぼえのある会話、何度も悩んだことがある問題と対策が【ぜんぶ】書いてある。いちいちヒザを打ってたなら、真っ赤になるね。わたしゃもう若くないので、若い人――20代かな――に読んで欲しい。そして、わたしが自分の時間や労力を浪費してたどり着いたシンプルな真実を、こいつを読むことで先回りして知っておいて欲しい

 これは、そんな名著。いい本を読んだ。2回読んだけど、もう一度読もう、そうしよう。

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著名人の本棚を覗く

 人の本棚を覗く欲望を満たしてくれる写真集。本棚というのは、思考・嗜好・指向・(あるいは試行)を見える化したもの。主婦にとっての冷蔵庫、VIPPERにとっての押入れ奥のようなもの。自分の精神世界をさらけだすことだから、めったなことじゃお目にかかれない。

 「本棚なんてただの倉庫、積んでおくだけ。そこに私の精神は無い」などと、うそぶく人も確かにいるが、やっぱりその人の本棚に顕れている。いっぽう「そんなにありませんよ」と謙遜するのは反語のつもりか!とツッコミ入れたくなるほどのスゴい本棚もある。

 取材したのは10年以上前のものばかりなので、古さ(というか懐かしさ)があふれる。リストとしての価値は少ないが、著名人の若かりし写真とともに「あの人がこの本を!」と発見する喜びを堪能できる。

本棚が見たい!本棚が見たい1

 まずそのものズバリ「本棚が見たい!」──ミもフタもなく即物的だが、わたしの欲望ソノママ表していて◎。この企画について、夏目房之介が非常に的確に言い表している

 「個室というのは人の人格の延長であって、なかでも本棚は自我と同じ構造になっていると思っているんですよ。思考の方法とか美意識みたいなものが、持っている本の並べ方に無意識あるいは意識的に出てしまう」

 うん、確かに「さもありなん」と思ったり「えっこの人がこんな本を?!」と絶句したりして、飽きない人ばかり並んでいる。

 内藤陳の本棚(のようなもの)は、ぜひ見ておくべき。震度2で、本の液状化現象が発生し、傍らの内藤氏は圧死するに違いない。下のほうにある1冊を抜いても同事象が起きるはず。これまで多くの積ン読ク山を見てきたけれど、これほどまでに命がけの山は見たことがない。本の山を自慢するなら一見すべきだろう。

 わたしの狂書魂にビンビンくるのが、筒井康隆、山田太一、阿刀田高、それから細川護熙の本棚。皆さん、良い本を読んでるなぁ… さすが、面白い本を書く人は面白い本を読んでいると実感できる選本ばかり。元首相の細川氏は、今や陶芸三昧の毎日らしいので、著書には期待していないが、本の趣味は◎ですな。これで、良い本を読んでいることと、優れた政治家であることは、全く関係がないことが証明されたといえる

 「本棚が見たい!」で紹介されている人(太字は「これは見ておくべき」としてわたしが強調)

  • 筒井康隆
  • 内藤陳
  • 山田風太郎
  • 荒俣宏
  • 高村薫
  • 村松友視
  • 吉村昭
  • 高橋克彦
  • 畑正憲
  • 和田勉
  • 阿刀田高
  • ジェームス三木
  • 安部譲二
  • 山田太一
  • 細川護熙
  • 上之郷利昭
  • 竹中労
  • 日下公人
  • 吉村作治
  • 市川森一
  • 夏目房之介
  • 紀田順一郎
  • 堀田力
  • 秋元康

本棚が見たい!2本棚が見たい2

 まず笑ってしまうのが、野口悠紀雄の本棚。「超整理法」でコいてる割には、本の整理はメチャメチャ。本のハラ・底が見えるように突っ込んでいる書架を見ると、つくづく気の毒に思えてくる。本人も分かっているのか「本の整理は絶望的」と断言する。

 次に、上野千鶴子の本棚を見るべき。整理作業に学生を雇っているだけあって、このシリーズで最も見やすく・(女性学についてだけど)バランスの取れた書架となっている。小ネタ:彼女が推す、性を書かせたら日本の女性作家でナンバーワンは斎藤綾子だそうな。特に「愛より速く」は最高との弁なので、嗜好を知るには良い材料になるかも。

 良い本を読んでいる著名人は必ずいる←こんな書き方をあえてるすのは、くだらない本を読んでいる著名人があまりにも多いから。「くだらない本」で語弊があるなら、「10年もたない本」と言い換えよう。撮影したのは10年以上前なので、本のラインナップもそれなりに古いものが並ぶのは仕方がない。しかし、それでも、10年後の今でも手にとって読みたいと思うような本が一冊もない本棚は、その人の底が思い知れる

 いそいで付け加えておかなければならないのは、風俗・流行を追いかけるのが仕事なら、仕方がない。読んでは出しを繰り返す自転車操業だから、数年で消えるような本を喰い散らかす毎日なんだろう。その結果、世風を映し出すような「いかにもバブリーな」ラインナップになるんだろう。誰がどうとかはご自身の目でお確かめあれ。

 もう一つ、追記しなければならないのは、「10年もつ本」は決して古典に限定されない、ということ。古典・準古典でなくとも時を越えて読み返すべき本はいくらでもある。大事なのは、それをどれだけ自分が大切にしているか、ということ。例えば、松岡正剛の本棚の左下にある、P.アリエス「図説死の文化史」や山折哲雄「生と死のコスモグラフィー」などは、かつて読んだことがあるが、今でも(今こそ)もう一度読むべきだろう。わたしにとって「ひとは死をどのように生きたか」というテーマは年を経るごとに切実になっているから。

 本を生産する人がどのように本を読んでいるかについては、噂の真相の岡留安則がこう述べる。

 「自分を高めるための読書なんて、あまり縁がありませんね(笑)。批判の対象として読んでいるか、あるいは企画に使えないかとつい考えてしまう。そういう読み方しかできないのは、我ながら悲しい性だとは思っているんですが」

 そんな中、スゴい本棚だと断言できるのは、松岡正剛と山本七平の本棚。一般に、モノ書きの本棚なんて、資料やタネ本ばかりで面白みもなんともないが、両氏の本棚は違う。自分の精神世界と書く対象が完全一致してて衒うことなくカメラに晒されている感じだな。特に松岡正剛の本棚はシリーズ通してもピカイチ。ぜひ見ておくべきだろう。

 「本棚が見たい!2」で紹介されている人(太字は「これは見ておくべき」としてわたしが強調)

  • 猪瀬直樹
  • 野口悠紀雄
  • 横尾忠則
  • 高橋義夫
  • 上野千鶴子
  • 山根一眞
  • 赤瀬川隼
  • 景山民夫
  • 胡桃沢耕史
  • 田中小実昌
  • 三枝成彰
  • 安西水丸
  • 泉麻人
  • 井家上隆幸
  • 志茂田景樹
  • 豊田有恒
  • 松岡正剛
  • 岡留安則
  • 水野晴郎
  • 森詠
  • 板坂元
  • 國弘正雄
  • 山本七平
  • 高野孟

本棚が見たい!3本棚が見たい3

 すべての書痴は(わたしを含め)、森本哲郎の次の独白を声に出して読んでみよう。都内に二箇所「本置き場」を持ち、さらに自宅には五万冊の蔵書を有し、全ての壁面は本で埋まっている──そんな本を前にして、インタビュアーは果敢にこう質問した「このうち何冊ぐらい読まれましたか? 」

 「ほとんど読んでいませんね。読みもしない本を何で並べておくんだといわれるかもしれませんが、本というのは読むものじゃないと思っているんです。私にとっての本とは、いつか読もうと思っているものなんですよ

 未来の図書館の蔵書を増やしながら、「いつか読もう」と心に留めながら、どんどん刻が経っていって、そうして… なんだろうな。

 素晴らしいとタメ息ついたのは、田村隆一の本棚。プラトンと「チョコレート工場の秘密」と「半七捕物帳」が同じ書架にある。スゴい精神構造なり。小説コーナーには「夜明けのヴァンパイア」と「家畜人ヤプー」が輝いている、いい趣味してる。18歳のときに48時間不眠不休で「カラマーゾフの兄弟」を読んだときのエピソードが面白い。ラストは(作中の)みんなと一緒に「ばんざい!」を叫んだそうな(なるほどー)。氏曰く「いい本は世代ごとに読むべき」は心に留めておこう。

 「本棚が見たい!3」で紹介されている人(太字は「これは見ておくべき」としてわたしが強調)

  • 橋本治
  • 唐十郎
  • 清水義範
  • 桜井よしこ
  • C・W・ニコル
  • 有田芳生
  • 勝目梓
  • 市川崑
  • 大森一樹
  • 森本哲郎
  • 生島治郎
  • 江波戸哲夫
  • 唐沢俊一
  • 高橋章子
  • 中村彰彦
  • 邱永漢
  • 大槻ケンヂ
  • 山本益博
  • 林家木久蔵
  • 鈴木邦男
  • 金子郁容
  • 阿井景子
  • 田村隆一
  • オバタカズユキ

本棚・拝見

 「本棚・拝見──書斎に見る、知性のプロファイル」は一発モノの企画だが、著作家に限定しない人選をしてて面白い。

 人に本棚を見せるのは、ある意味で寝室やクロゼットを覗かれるより勇気が必要。高価な服や仕草で誤魔化せない、自分の精神世界をさらすことだから。プライベート・ライブラリーを公開した24人の本棚──といううたい文句で紹介しているが、見所は、次の御三方だろう。

 菊池秀行の本棚は、著書のネタ本にあふれている。そこに「アーサー王伝説」があったのは笑った。彼の愛読書ベスト3は「甲賀忍法帖」(山田風太郎)、「火星年代記」(ブラッドベリ)、「その木戸を通って」(山本周五郎)とのこと。

 ドクター中松こと中松義郎氏の本棚は英本、和モノの半々だった。確かに。和モノばかりで読書人でございという人にはこの普通さがついていけないだろうな、と思う。中松氏が感銘を受けたという、"Pitt"──ピッツバーグを作ったピッツの伝記を探してみよう。

 ファイナルファンタジーのパッケージで有名な天野喜孝の本棚、というか書斎はスゴい。レンブラントにいたく影響されている書架だなぁ…「本は誰かの作品。できれば無いほうがいい」

 「本棚・拝見」で紹介されている人(太字は「これは見ておくべき」としてわたしが強調)

    水木しげる
  • 畑恵
  • ホリヒロシ
  • 今田美奈子
  • 菊池秀行
  • 天沢退二郎
  • 内藤陳
  • 渋谷陽一
  • 巖谷國士
  • 中松義郎
  • 石原慎太郎
  • 三枝成彰
  • 篠田正浩
  • 宮脇檀
  • 佐高信 ←本棚というより紙の海、スゴい!
  • 小池ユリ子
  • 童門冬二
  • 天野喜孝
  • 久住昌之
  • 平田幸子
  • 林恭三
  • 安珠

センセイの本棚センセイの書斎

 写真ではなく、細密画のような「絵」で表現されたのが本作。妹尾河童をホーフツとさせる見取り図で著名人たちの書斎を紹介している。わたしのレビューはここ[参照]

 「センセイの本棚」で紹介されている人(太字は「これは見ておくべき」としてわたしが強調)

 林望――古典籍からアンアンまで、リンボウ先生のふみくら
 荻野アンナ――豚と駄洒落が飛ぶラブレーな本棚
 静嘉堂文庫――九百歳の姫君、宋刊本が眠る森
 南伸坊――シンボーズ・オフィス、本棚はドコ?
 辛淑玉――執筆工場に散らばる本の欠片
 森まゆみ――書斎とお勝手のミニ書斎
 小嵐九八郎――作家が放浪するとき、本は…
 柳瀬尚紀――辞書と猫に囲まれて
 養老孟司――標本と図鑑にあふれた書斎
 逢坂剛――古書店直結、神保町オフィス
 米原万里――ファイルと箱の情報整理術
 深町眞理子――翻訳者の本棚・愛読者の本棚
 津野海太郎――好奇心のために、考えるために
 石井桃子――プーさんがどこかで見てる書斎
 佐高信――出撃基地は紙片のカオス
 金田一春彦――コトバのメロディを聞き書きするひと
 八ヶ岳大泉図書館――ある蔵書の幸せな行方
 小沢信男――本棚に並ぶ先輩たちに見守られて
 品田雄吉――映画とビデオに囲まれた書斎
 千野栄一――いるだけで本が買いたくなる書斎
 西江雅之――本のコトバを聞き取って
 清水徹――至高の書物を求めて
 石山修武――居場所へのこだわりを解放する
 熊倉功夫――茶室のような書斎を持つひと
 上野千鶴子――三段重ねなのに、100%稼動中の本棚
 粉川哲夫――移動、解体、組み立てをくり返す書斎
 小林康夫――「雑に置くこと」の美学
 書肆アクセス――ゆったりなのにワクワクさせる棚の妙
 月の輪書林――調べ、集め、並べては手放す古書目録の本棚
 杉浦康平――書斎を流動する本たち
 曾根博義――重ねず、積まず、五万冊すべてが見える書棚


 結論めいたもの。

 がーっとイッキに見てきて実感できたのは、スゴい本を書く人の本棚は、やっぱりスゴいが、スゴい本を持っているだけでは意味がない。やっぱり読まなきゃね(しかも何度も)

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