スゴ本。「ローマ人の物語II ハンニバル戦記」は凄まじく面白かった。これから「ローマ人」に手をつけようとするなら、ぜひとも「ハンニバル戦記」から始めることを強くオススメする。文庫本では第3巻からの上中下が相当する。律儀に最初から読むよりも、まず美味しいところからを喰らってみてはいかが?
高校世界史で何やってたんだろうと思うが、教科書では次の5行に収まる。
──イタリア半島を統一した後、さらに海外進出をくわだてたローマは、地中海の制海権と商権をにぎっていたフェニキア人の植民都市カルタゴと死活の闘争を演じた。これを、ポエニ戦役という。カルタゴを滅ぼして西地中海の覇権をにぎったローマは、東方では、マケドニアやギリシア諸都市をつぎつぎに征服し、さらにはシリア王国を破って小アジアを支配下に収めた。こうして、地中海はローマの内海となった──
教科書で駆け抜ける歴史が、物語で読むと寝食を忘れるぐらい面白いのは三国志などで実証済み。吉川英治や司馬遼太郎と同様、教科書そっちのけで読んでおけという本だね。
ハンニバルの物語
本書は「ローマvsカルタゴ」という国家対国家の話よりもむしろ、ローマ相手に10年間暴れまわったハンニバルの物語というべきだろう。地形・気候・民族を考慮するだけでなく、地政学を知悉した戦争処理や、ローマの防衛システムそのものを切り崩していくやり方に唸るべし。この名将が考える奇想天外(だが後知恵では合理的)な打ち手は、読んでいるこっちが応援したくなる。
特筆すべきは戦場の描写、見てきたように書いている。両陣がどのように激突→混戦→決戦してきたのか、将は何を見、どう判断したのか(←そして、その判断の根拠はどんなフレームワークに則っている/逸脱しているのか)が、これでもかと書いてある。カンネーの戦いのくだりでトリハダ全開になったのは、車内の冷房が効き過ぎたせいではないだろう。
ハンニバルの戦い方は、アレクサンダーの弟子といってもいい。アレクサンダー以前の戦闘は足し算的な戦い方をしていた。歩兵も騎兵も、アレクダンサーにとっては、戦場という盤の上で戦術に応じて動かす駒であった。彼は、歩兵に向けて騎兵を投入したり、歩兵団を騎兵にぶつからせたりしている。彼の関心は、貴族出身の多い騎兵の自尊心の尊重などにはなく、一に、自軍の持つ力をいかにすれば効率よく活用できるか、にあった
天才とは、その人だけに見える新事実を、見ることのできる人ではない。誰もが見ていながらも重要性に気づかなかった旧事実に、気づく人のことである
ハンニバルだけが主役ではない。絶体絶命に追い詰められたローマが命運を託した若者、スキピオの物語でもある。文庫本第5巻で活躍するのだが、これがまた惚れ惚れするほどいい男なんだ。容姿端麗、頭脳明晰なスキピオが、頭脳戦、外交戦を駆使し、ハンニバルを追い詰めてゆく。この丁丁発止の権謀術数がスゴい。
両雄の対決クライマックス。名将どうしがぶつかり合うなんて歴史はほとんどないが、ここではあった。ハンニバルvsスキピオの直接対決(これはスゴい)。――ザマの戦いは瞠目・刮目して読んだ。
ひょっとすると三国志でいうと"正史"ではなく"演義"かもしれない。つまり、史実を淡々と伝えるよりもストーリーテラーに徹した「物語」なのかもしれない。ならばよし!臆面もなくスキピオが好きと宣言する塩野氏だから許されるのだと考えて読み進める。
戦後処理に見るローマの強さ
「戦争は、人間のあらゆる所行を際立たせる」とあるが、本作を読むと勝者と敗者をどう扱うか――戦後処理こそがキーポイントだと納得した。戦闘準備や戦闘そのものの勝敗も重要だが、その後何をしたかが、趨勢を決定していたということは(後知恵ながら)まぎれもない事実だ。例えばこんなの――
- 負け戦で捕虜になり、その後の捕虜交換で戻ってきた執政官
- 周囲の忠告を聴きいれず、大部隊をほぼ全損させた海難事故の責任者
わたしの思考だと、「責任者は責任をとるためにいる」のだから、財産なり命なり名誉なり、応じたやり方で果たしてもらうのが普通だと考える。ところがローマは違った風に責任を果たす。そこにローマの強さをうかがい知ることができる。
敵方の捕虜になった者や事故の責任者に再び指揮をゆだねるのは、名誉挽回の機会を与えてやろうという温情ではない。失策を犯したのだから、学んだにもちがいない、というのであったから面白い
失敗から学ぶことができる(もしくは学ぶことを強いる)ローマって、スゴい。これと対照的なのは、ローマと争っていたカルタゴ。ローマに敗れ逃げ帰ってきた将軍は、本国に召還されて死刑に処せられる。
戦争の結果うまれる勝者と敗者の関係も、非常に興味深い。カルタゴに対して行った「ローマ風」の戦後処理の詳細は読んでいただくとして、ここでは、返す刀で二千年後を斬っている塩野氏の想いを引用しておく(←これこそ塩野節)
そして、日本人である私にとってとくに興味をひかれるのは、ここには勝者と敗者しかいないという事実である。正義と非正義とに分けられてはいない。ゆえに、戦争は犯罪であるとは言っていない。もしも戦争犯罪者の裁判でも行われていたらならば、ハンニバルがまず、戦犯第一号であったろう
ローマがカルタゴとの間に結んだ講和は、厳しかったかもしれない。だが、それは、報復ではなかったし、ましてや、正義が非正義に対してくだす、こらしめではまったくなかった。戦争という、人類がどうしても超脱することができない悪業を、勝者と敗者でなく、正義と非正義に分けはじめたのはいつ頃からであろう。分けたからといって、戦争が消滅したわけでもないのだが
太字はわたし。恣意的に連想を止めようとするのだが、ローマの合理的な強さはアメリカ合衆国とオーバーラップする。これを書き手が意図して誘導したのかは分からないが、筆者自身もそう感じているからこそ、こんな"想い"が飛び出しているのだろう。
Wikipedia:カンネーの戦い[参照]
Wikipedia:ザマの戦い[参照]
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