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「消された一家」で最高に胸クソ悪い体験を

 はてなブックマークでオススメいただく。スズキトモユさん、たいへん感謝しております。これほどの胸クソ悪い体験はめったにないですゾ。

 これ以上気分が悪くなりようのないぐらい嘔吐感を味わう。おまけにこの酸味、読んだ後いつまでも引きずっていられる。

 こんな人間が「存在する」ことはよく理解できた。この人間を悪魔だの人でなしだの呼ぶのはたやすい。しかし、彼を悪魔とみなすことで思考を止めたら負けかな、と思いながら読み続けた。父親の解体の場面で体が読むのを拒絶した。しかし、なぜそんな事件が起きたのか、どうすれば回避できたのか、知りたくて最後まで読んだ。

 今から考えると、そこで読むのを止めておけば良かったのに、と思っている。

 それが、「消された一家―北九州・連続監禁殺人事件

 最悪の読後感を味わえるのは、最後まで読んでも、「なぜそんな事件が起きたのか」はぜんぜん分からないから。無抵抗の子どもの首にどういう風にコードを巻いて、どんな姿勢で絞めたか、といった行動は逐一知らされるが、「なぜ・どうして」は想像すらできない。

 これを著者の筆力不足に帰するのは、あまりに気の毒。一人称で書けないルポルタージュの限界なのか。「事実は小説よりも奇」とは、たしかにその通り。しかし、事実を理解することができない。虚構でもいいからこの出来事を理解したいと願うのならば、小説にするしかないのか。
消された一家
 さて、ここまでひっぱった上で内容の紹介を。思い出したくもないのでamazon紹介文で茶を濁す。わたしが自信をもって言えるのは、以下の文が大変ひかえめだ、ということだ。

 被害者は妻の父・母・妹夫婦・姪・甥…。「天才殺人鬼」松永太は、一家をマンションに監禁し、「殺す者」と「殺される者」を指示した。彼らは抵抗も逃亡もせず、互いを殺し合った。遺体はバラバラに解体された。ついに妻一人を残し、家族は消滅した。七人が抹殺された“史上最悪”の密室事件。

 どう見ても劇薬本です。本当にありがとうございました。

 amazon 見てたら同事件の別ルポを見つける。「なぜ家族は殺し合ったのか」だ。読むか…

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子どもに「タバコ」を教える

 5年前のわたしは、楽しくタバコを吸っていた。紙巻・パイプの両刀使い、喫煙ルームで仕事するヘビーなスモーカーだった。酒とオンナはやめられても、こればっかりはやめられない、世界で最も楽しい(ホッとする、安心できる、至福の)時間は、タバコに火をつける瞬間だと信じてた。
禁煙セラピー
 そんなわたしに、ある人が訊ねた。「じゃ、あなたの子が大きくなったら、タバコを教えるんだね。その味わいと素晴らしさを伝えるんだ。そして、あなたの子も喜んで一緒に吸うようになるに違いない」

 その人の名はアレン・カー、「禁煙セラピー」でこの問いを投げかけられ、禁煙(というか卒煙)のきっかけとなった。以来、タバコとは縁のない人生を送っている。それはそれでメデタシメデタシなのだが、この話が終わったわけではない。

 そう、子どもに「タバコ」を教えておかないと。メディアや環境から刷り込まれる前に、ちゃんと教えておかないと。そのヒントは同著者の「子どもにゼッタイ吸わせない禁煙セラピー」にある。

 学校では、「タバコ」とは何であるかを教えない。タバコの害を説き、真ッ黒な肺を見せるだけ。それじゃ半分だ。好奇心が湧いて「ボクはそうならない」と思ってオシマイ。あたかも、交通事故現場の写真と一緒。陰鬱な気分になるだけで、どうすれば回避・予防できるかは分からない。家から一歩も出ることなしに、関連する一切を遮断して生きていくつもりならそれでもいいが、そういうわけにもいくまい。だから、タバコの本質を伝えないと。

 タバコの本質は、合法的な麻薬だ。タバコなしの自分には何かが欠けていることを常に感じさせ、タバコを身につけていないと、パニックに陥る。タバコを吸うのはタバコが楽しいからではなく、心の中の不安感や渇望感が一時的に満たされるため。そして、その不安感や渇望感は、さっき吸ったタバコが作り出したもの。

 喫煙とは、頭を壁に打ち付けて、それをやめたときのホッとした気持ちを楽しむ行為と一緒。タバコがリラックスさせるのは薬物の禁断症状が緩和されるからホッしているに過ぎない。タバコがストレスを和らげているのではない。一回前に吸ったタバコのニコチンがストレスを引き起こしているんだ。
禁煙セラピー
 この事実を理解してもらうために、たっぷりタバコを吸わせる必要なんて無い。悪友たちに勧められ、好奇心もあって、最初の一本に火を点けたことを思い出そう。今でもハッキリと覚えている。マイルドセブンだった、冬の日だった。そのとき自分がどう感じていたか、そして今、どんなに後悔しているか、子どもに語ってみよう。

 タバコが合法的な麻薬である限り、スモーカーはこれからも生産されていく。彼らの立場を配慮しつつ、自身が罠にハマらないように付き合っていく必要がある。わたしは脱出できたが、わが子は最初からかからないようにしたい。

 「ノンスモーカーの子なら、絶対タバコを吸わない」なんて希望的観測に過ぎない。子どもがタバコを吸うようになるか否かは、今のわたしに懸かっているんだ …なんて気合を入れていたら、嫁さんの一言で済んだ。歩きタバコの人を指して

 「あれは毒を吸っているの、煙を吸い込んじゃダメよ」

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