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Weblog about Project Management

ソフトウェア開発におけるプロジェクトマネジメントを真正面から扱ったブログは、実際のところかなり少ない。プログラマやSEがマネジメントの必要性を痛感して記事にするのがほとんど。かくいうこのブログは「スゴい本」を紹介するつもりがPMBOKにハマってしまったヘンな例といえる。

ここではソフト開発PMに特化したブログを紹介する。さらに、日本語で読めるブログは皆さんご存知だろうから、英語のブログにしましょ。

Focused Performance Business Blog

毎日の巡回先。マネジメントに関するツボを突いた実践的なネタが多し。ソフトウェア開発に限らず、ビジネス全般への目配りを忘れていないところが二重マル。読みやすい英語なのだが、TOCやクリティカルチェーンのバックグラウンドがないと難しいかも。

Agile Management Blog

マイクロソフト社の David J. Anderson 氏のブログ。"Agile Management for Software Engineering" の著者でもある。"Agile"を冠に抱いている通り「アジャイル!アジャイル!アジャイル!」なブログになっている。マイクロソフトは社員のブログに多大なる関心を抱いているようなので、彼もかなり気を使っていて、内部情報なんぞは一切期待しないほうがよい。ただ、開発プロセスの話題から漏れ出る「マイクロソフトのやり方」を盗むには最適かも。

Managing Product Development

ここも巡回先。ソフトウェアは「製品」であり、そのプロセス管理は可能という信念に基づいたPMノウハウを紹介している。抽象的な方法論よりも、それを適用させる実際的なネタ多し。「効率性を組織化させる」とか「キャンセルプロジェクトにとどめを刺す」など、刺激的な話で読ませる。ジョアンナたんって何歳ぐらいのプログラマなんだろうなぁと、(*´Д`)ハァハァしながら読んでいたのだが、最近彼女がPresidentなことを知ってorz

Reforming Project Management

書籍、サイト、ブログなど、ネタ元があって、その紹介と感想が多い。中の人の分析やツッコミはさておき(失礼)、リンク先が秀逸。ネタが面白く「裸のプロジェクトコンサルタント」や「To-Don't リストを使う」など、翻訳して紹介したくなる。

ProjectSteps

テレコム系のITマネジメントを20年やってるという猛者。"in my opinion"で始まるベキ論は鼻につくが、言っていることはいちいち正しいなと頷くほかない。奇をてらった記事は無く、「正論」「王道」が淡々と語られている(分、あんまり「気づき」もないともいえる)

projectified

"Microsoft Project Server"のサポート歴6年の方。サーバ設定などの技術ネタもあるけれど、扱っている製品が"Microsoft Project"なだけにPMネタも充実してる。最近知って、ちょくちょく読み始めているところ。

非現実的な納期、異常に低く見積もられたコスト、決まらない(決められない)仕様 … ブログで「ぶっちゃけやってらんない!」と叫びだしたくなるのは日本も米国も同じ。どこも一緒。ディルバートが笑えるのと同じだねっ

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Plan to Change Your Plan

計画は立てた側から古くなる。プロジェクトを取り巻く状況はどんどん変化する。ステークスホルダーからの変更要求は目白押しだ。しかし、プロジェクトのゴールは動かない。

プロジェクトは遠泳に似ている… 潮や風に流されながら、動かない陸地に向かって延々と泳ぐ。ペースを上げたり泳ぐ向きを変えたり軌道修正しながら、ゴールを目指す。しくじれば、溺レル。

PMBOKでは、コントロールプロセスからの派生としてプロジェクト計画への「変更要求」が出てくるというが、Managing Product Development のInvest in the Design of Your Project Every Day だともっと大胆だ。「毎日」だから。

We've all see the phenomenon that as soon as you've scheduled the project, the schedule is out of date. If you plan to invest in replanning and rescheduling, that doesn't matter.
[私訳] いったん立てたプロジェクト計画が、あっというまに古いものになることはよくあります。しかし、プロジェクト計画を見直したり、スケジュールを引きなおすことを予め計画化しておくことで、これを回避することができます。

Plan to Change Your Planは目からウロコ。変更を想定した計画づくりや、変更に強い設計を心がけて仕事をしてきたけれど、「予め変更をスケジュール化しておく」ことまでは考えていなかった。

誤解のないように急いで付け加えると、Johanna さんのいう "Every Day" とは「毎日変更せよ」ではなく、計画と現状の乖離は毎日チェックしなされ、という意味だろう。

上記で紹介したManaging Product Developmentは、ソフトウェア開発PMに関する非常に優れた記事を連載している。PMネタでここへくる人にとって、私の記事よりも、むしろ彼女の方が得るものが多いだろう。

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「生き返りを信じる子ども」という神話

「生き返りを信じる子ども」がどうやって作り出されたか分かった。ついでに「子どもを歪めているのはゲームのせい」にしたい人々の試行錯誤も。

日本女子大学の中村博志教授が行った、小中高生への調査によると、

「一度死んだ生き物が生き返ることがあると思うか」という問いに対し、「生き返る」と答えたのは9.2%、「生き返ることもある」と答えたのは12.7%にのぼることがわかったという(週刊朝日2/4号)

あとはお決まりのパターン。学者センセイや知識人がよってたかって「死の教育をきちんとしてない」とか「死をタブー視するな」とか「過保護すぎる」とか。発表者が導きたい結果へ脊髄反射的にリードされる人々、「子どものように」純真だね。

「生き返ることもある」という書き方から、仮死状態の人が生き返ることを想定した回答だと想像することもできる。あるいは、この年代の子ならきっと知ってる「一は全、全は一」とする鋼錬の輪廻観なんて、センセイ方は分からねぇんだろうなぁ…

このセンセイが導きたい論は「死を通して生を考える教育」の重要性を読むと分かる。まとめるとこうだ。

問題 : 子どもの死生観が軽薄化している
原因1:TVゲームの影響(リセットボタン症候群)
原因2:核家族化などにより死の現実が身近でなくなった
対策 : 学校や家庭で、きちんとした「死の教育」を行わなければならない

先ず、「問題:子どもの死生観」なのだが、↑で述べたとおり脊髄反射的な読みしかできていないため、設問そのものが問題にまで結びついていない。ズバリ「死とは何か?」という問いにしなかった質問者こそが問題。

次に、問題と原因の因果関係を立証するために、「TVゲーム」「身近な人の死」「蘇生観」の3ファクターのアンケート結果をカイ二乗検定をするのだが、その値は公表していない。どうやら有意的な相関性はなかったようだ。この場合、フツー仮説そのものを検証するんじゃぁないのか? と激しくツッコミを入れたくなる。

以下にその誘導的なアンケートを抜粋する。(太字は私)。

  1. テレビゲームをしたことがありますか
  2. 最長1日にどのくらいテレビゲームをしましたか
  3. 好きなゲームソフト名はなんですか
  4. ゲームの画面に出てくるいろんな技を試してみたいと思ったことはありますか
  5. それはどんな技ですか
  6. 生き物を飼ったことがありますか
  7. それはどんな生き物ですか
  8. 飼っていた生き物が死んでしまったのを見たことがありますか
  9. そのとき葬式をやりましたか
  10. 身近の人の死を見たことがありますか
  11. それは何歳のときですか
  12. その時、どんなことを考えたり感じたりしましたか
  13. 死という言葉を聞いて何を思い浮かべますか
  14. 人は死んだらどうなると思いますか
  15. 死ねと言ったことがありますか
  16. それはどんな時、誰に言いましたか
  17. 命はだいじだと思いますか

これぐらい恣意的な結果を導出できる設問もめずらしい。にもかかわらず、結局のところ、自分が欲しい数字がでなかった、またはひねり出せなかった。センセイは正直に書いている。「死を通して生を考える教育の重要性」より引用。

今回の調査では最初の仮説であるゲーム等と死の認識の間には直接の関係は見られなかったが、死の認識がこれまでとはかなり異なり、「生き返る」事があると考えている子どもが約1/3に見られているのは、極めて重視すべき結果と考えられた

んでもって、冒頭の「生き返りを信じる子ども像」が作られたワケ。次はマンガかネットあたりが俎上に登るだろうねっ

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以下自分メモ。子どもの年齢と死の理解度。

  5歳頃 はじめて死を理解しはじめる
  6歳頃 死を拒む気持ちが芽生える
  7歳頃 自分や親しい人も死ぬのではないかと怖くなる
  10歳頃 大人の死生観に近づく
  13歳頃 一生続く死生観が完成する

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