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Kを殺したのは誰か? 先生を殺したのは誰か? 青年はどこにいるのか?

 【ネタバレ】これは夏目漱石「こころ」のネタバレ【ちゅうい】。「『こころ』大人になれなかった先生」(石原千秋)を読むと、漱石は上質なミステリを遺してたことが分かる。そして、幾度も読んだこの小説が、まるで違う物語になってしまった!
『こころ』大人になれなかった先生

奥さん萌え
 先生が厭世的(≒ひきこもり)になった理由は? 自分が原因なのか教えてくれ、と涙をいっぱい溜めて問いかける静に萌える。この夜はとても重要なフラグが立ってたことがいまさら分かった。だいたいダンナの秘密について他の男に訊くか普通?

疑いの塊(かたま)りをその日その日の情合(じょうあい)で包んで、そっと胸の奥にしまっておいた奥さんは、その晩その包みの中を私の前で開けて見せた。
 もうね、このあたりなんざエロスまで感じるね。ぶっちゃけ夫の相談をしている時点で(ry

 漱石があえて省いたところ、つじつまが合わないところを突破口として、解読する(文字通り、読み解く)。あっと驚いたのは次の"ほころび"。

先生「の」遺書のボリューム
 何気ない一文にある"ほころび"。「先生と遺書」の全文をなす先生からの「手紙」はこう紹介される。

私は繊維の強い包み紙を引き掻くように裂き破った。中から出たものは、縦横に引いた罫の中へ行儀よく書いた原稿様のものであった。そうして封じる便宜のために、四つ折に畳まれてあった。私は癖のついた西洋紙を、逆に折り返して読みやすいように平たくした。
「先生と遺書」は9万字超、400字詰原稿用紙だと200枚を超える。石原氏は指摘する、果たしてこんな分厚な紙束を「四つ折り畳」むことができるのか? それは「手紙」なのかと。そこから始まる講義が面白い。連載当初、漱石は「こころ」を短期で終わらせるつもりだったらしいが、適当な後継ぎが無かったという事情もあり、ムリヤリ延ばしたそうな。

 ただ、そうした随所に見られる"ほころび"を繕わずにそのまま単行本化した「意図」を汲み取るような読み方をすると、まるで別の小説に見えてくる。

こころ

Kを殺したのは誰か? 先生を殺したのは誰か?
 自殺(おそらく縊死)であることは示唆されている。そうではなく、意図的にそこへ仕向けた人は誰か、という問いかけをしてみる。

 もちろん、登場人物が限定されているから whodoneit は誰でも当てられる。しかし、なぜ殺さなければならなかったのか(whydoneit)のオイディプス的解釈は鼻につく。テクストの一部をファクトと切り出し、そこから仮説を導出するやり方は強引とも我田引とも取れる。

 それでも、いったん石原氏のカクシンハン的な読み方を知ってしまったら最後、そうとしか取れなくなる。恐ろしい。amazonの紹介にこうある。

大人になることは、かつては親を超えることでした。ところが、その機会を奪われたのが、ほかならぬ「先生」です。そこに不幸の始まりがありました。「先生」が果たせなかった〈父親殺し〉の問題を詳細に追究します。さらに、「先生」「K」「私」をめぐって幾重にも仕掛けられた、驚くべき謎を読み解きます。
そして、最後の、驚くべき謎はこれだ。

青年はどこにいるのか?
 あるいは、「静は何を知っていたのか?」という問いかけに対し、ひとつの結論がここにある。これはご自身の目で確かめて欲しい。吃驚することを請合う。

おまけ
 「こころ」は青空文庫で読める(ここ)。けれども、ぜひ紙で読みたい。新潮文庫は何冊もあるが、石原氏によるとちくま版の「こころ」が原本に近い雰囲気だそうな。

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コメント

この本は「スゴ本だ」「Dainさんに紹介せねば」と思ったらすでにお読みでしたね。
ふう、スゴ本でした。
よろしければ私のエントリもどうぞご覧下さい。
http://bookmark.tea-nifty.com/books/2007/03/post_e490.html
私がこの本を知ったのはExcite booksですが、Dainさんも?

投稿: ほんのしおり | 2007.03.05 00:15

>> ほんのしおり さん

 連絡ありがとうございます。ネタバレにならないよう上手くレビューしていますね。わたしの場合は、本屋で呼ばれて購入→イッキ読みでした(Excite booksはチェック済)。

投稿: Dain | 2007.03.05 00:23

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石原 千秋 / 『「こころ」 大人になれなかった先生』 / 2005 / みすず書房 / A 国語入試問題に関するとても面白い考察でお気に入りの石原千秋。 その石原先生が夏目漱石の『こころ』を「大人になる」という観点から読み直します。 『こころ』の三人の主要人物である、「先生」、語り手の 「青年」、そして先生の奥さんである(あった)「静」。 この三人に順番に焦点を当てながら、象徴的な意味での親殺し = 大人になる というというテーマをめぐる作品なのではないか、と投げかけます。 と紹介すると、と... [続きを読む]

受信: 2007.03.05 00:22

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