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「万物理論」バレ抜き/バレ入りで

最初はバレ抜きで。抜きで書くと、どうしても貶しがち。

テクノロジーが社会や人体を突き抜けた2055年の世界は素直にスゴいぞ。視神経に接続され、腹腔内にアーカイブできるビデオカメラや、メラトニンパッチで体内時計を操作できるバイオガジェットは心底欲しいと思った。畏怖の念すら抱かされる未来社会は、ハックスリーやオーウェルのそれよりも、攻殻機動隊やAKIRAの方がしっくりくる。訳者あとがき(ここ)からの引用↓

 豪快で意表を突く奇想。論理のアクロバットとも呼ばれるほど大胆にして、偏執的なまでに緻密なロジック展開。それが混然となって、グレッグ・イーガンの長篇は読者に壮大なめまいを引きおこす。そのめまいこそは、“圧倒的な知的スリル”――SFの魅力にとりつかれたころはつねに感じていた、ほかでは味わえない興奮――にほかならない。さらに、惜しげもなく投入された長篇数冊分のアイデアが、そのめまいに輪をかける。

あらすじは扉の紹介を読むとこうある↓

"万物理論"──TOE:Theory of Everythig──とは、すべての自然法則を包み込む単一の理論である。2055年、この夢の理論が完成されようとしていた。ただし学説は3種類。3人の物理学者がそれぞれの"万物理論"を学会で発表するのだ。正しい理論はそのうちただひとつだけ。科学系の映像ジャーナリストの主人公は3人のうち最も若い20代の女性学者を中心に番組を制作するが───学会周辺にはカルト教団が出没し、さらに世界には謎の疫病が。究極のハードSF!

ただし、2/3は薀蓄がぎっしり。作者の博覧・空想・妄想が主人公または周囲の人々の口を通して語られ、やたら説明ちっくな会話が延々と続き、物語そのものは1ミリも動かない。主人公はああだこうだと脳内でしゃべくるだけで、お話を進めようという気は一切ない。まるで村上春樹の小説のようだ。主人公は、ときおり気の利いた警句めいたセリフを吐くが、だからなんなんだチョコボール。ネタ元を挙げればよいのか? ネタ集としては面白いが、伏線にしては書きすぎ。

ところが、残り1/3になると、ようやく主人公が動き出す。ここからが面白い。長い長い伏線がこんがらがった超ひも論の輪を解くように、主人公の動線上につながってゆく。そのつながり(リンク)が面白いといえば、面白い。

ここからバレ入り(ドラッグ反転で表示)。


「宇宙を正しく説明できたら宇宙そのものが消滅する」ネタは、とどのつまり「わたしが理解するから世界がある。そのわたしは、みんな」というオチにつながる。ここ読んでて激しくエヴァ「Air/まごころを、君に」を思い出した時点でオタ決定でしょうか? あるいは「アトレーユ!」と正しい名前で叫んだことで世界が還るエピソード(エンデ/はてしない物語)を思い出した時点でファンタジー厨房でしょうか? あるいは「真理を書こうと決意したまえ。そのペンの下で紙は燃え上がるだろう」(出所失念、シェイクスピア?)を思い出した時点で(ry

この本は「愛」というテーマで貫かれている」というひできさんに強く一票。他者理解の究極は自己同一化だ。自己同一化を極限まで進めれば「自分=宇宙」まで行けるってワケだ。ところが筆者はややこしくもまわりくどく、「愛」そのものの裏返しや外堀を伏線として使う。セックスは中毒性の神経化学的反射作用を持つ多幸性の症状に過ぎないと凡性に言わせたりする。あるいは、愛情とは脳からもらう快楽という"ごほうび"つきの自己モデルの信念なのだ。だから、その部位を自発的に取り除いた<自発的自閉症>者の方が、セックスやドラッグや宗教で同等の快楽を得ている人よりも優位だと言わせたりもする。愛とセックスについては異論が多々あろうが(わたしもその一人)、愛とはとどのつまり、相手を完全に理解することなんだ。ここでいう「相手」とはパートナーだったり宇宙だったりもするが(w

原題"Distress"は作中では正体不明の「奇病」として扱われるが、序盤に少し言及されただけで、後は全くといってもいいほど出てこなくなる。いつ出てくるのかなー、そもそも題名が「万物理論」なんてどうしてつけたのかなー、などと考え考え読みすすめると、ラストの万物理論に触れた人の症状に突き当たってなるーと思うだろう(わたしは唸った、と同時につながってよかったなぁとホっとした)

最後に。愛について抉られる文を引用。正直、究極の包括理論なんてどうでもいいと思っている。最近の科学の賞味期限は短い。ここン百年のテクノロジーだけで宇宙を包括しようなんて、幼稚(をっと、無知カルトと同じ考えだw)。むしろ突き抜けたテクノロジーの合間に見える人間くささの方に共感が湧く。そういう意味では2055年にこうしたセリフが吐かれるのは非常に面白い。自分への(結婚への、と読み替えても可)深い反省をもたらす一節なり。

 おれはほんとうにリサを愛しているし、ほんとうに娘たちを愛している……だがそこには、それがいまのおれに送れる最良の人生だという事実以上の深い理由はない。自分が十九歳のときにいったことには、なにひとつ反論できない───あれからなにも智恵がついていないからだ。なにも賢くなっていない。おれはそれに憤っている。成長だの成熟だのについてきかされた、糞ったれな仰々しい嘘の山に。"愛"や"犠牲"は、自分が敵陣に追いこまれたときに正気でいるための行為でしかない、と正直に認めたやつはだれもいない

太字はわたし。たしかに面白かったのだが、600頁えんえんとの作者の空想につきあわされるのは、かなり疲れる。こいつ軽々と読める人は薀蓄耐性のある方なんだろうな。京極夏彦の弁当箱をサクっと読める人なら、(畑違いだけど)読むのは苦にならないんじゃないか、と想像してみたり。魑魅魍魎と万物理論の取り合わせはちょっと面白いかも。

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コメント

Dainさん、こんばんわ、

なんかすんごくうれしいです。ありがとうございます。

ここのところ少々ショックを受けたことがあって、元気がなかったのですがとても慰められました。

えへへ、別のところでもちょっととりあげられたといきいていい気にすらなっています。

http://d.hatena.ne.jp/ita/20050218/p3

ちなみにこのitaさんはすごい方なんですね。

投稿: ひでき | 2005.02.23 18:01

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橋本大也さんの昨年のベストSFだというので「万物理論」を読み始めた。かなり感動し [続きを読む]

受信: 2005.02.23 17:56

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