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誰か「戦前」を知らないか(夏彦迷惑問答)

スゴ本というよりもスゴい人の談話。このスゴ人をお薦めいただき感謝しています>Mさま

きっぷがよくって実りある脱線を繰り返すところや、小気味のいい話っぷりは喝采をおくりたい。舌鋒鋭く世相を斬るところは爽快かもしれないが、返す刃先がこっちを向いているときは思わず首をすくめる。

しかし、ずっとこんな調子だと味方が一人もいなくなってしまう(したがって本にもならないし誰も相手にしない)。だから巧妙に隠してはいるけれど、リアルではどこか愛嬌じみたところがあったんじゃぁないかと。

夏彦節が随所にちりばめられているらしいが、もっともガツンとキたのはこの一節。誰もがわかっていて、それでいて言い出せないこと(いうときは名無しさんで)。これをハッキリと何度も言い放つ。


でも何回でも言うぞ。誰も言わないから言うぞ。原水爆禁止なんて世迷いごとです。できたものはできない昔に返せません。これが鉄則です。原水爆を遅れて北朝鮮が作ってどこが悪いと北朝鮮は言うに決まってます。日本人だって(作ったら)言います。大国はわがまま勝手です。科学者は自分がしていることを疑いません。疑うのは哲学者です。

え? 北朝鮮の核武装の話題なんて珍しい話じゃないって? 違うちがう。日本人だって、作ったら「日本人が核武装して何が悪い」と言うに決まっているところ。

賛否両論あるとは思うが、核武装したニッポンという既成事実ができあがった暁には、対外・対内のいずれにもこのリクツがまかりとおると確信する。イラク自衛隊派遣とできちゃった婚と同じ。事実は過程を吹っ飛ばして未来を決定する。結果だッ結果だけが残るッ

さて。誉めた後は腐してみる。一冊しか読んでいないのに畏れ多くも(w 頓珍漢な発言は「どうぞお笑いください」

「最近の若造ときたら…それに比べて昔はよかった」的な懐古主義(趣味ではなく主義)と、「我こそが正しい」極まった独善は鼻につく。こんな人なんだろうなぁ、と割り切って読めば得るもの多し。

懐古主義で思い出す。アテネの遺跡の一角に、若者を歎き、昔を懐かしみ、未来を憂える落書きがあるそうな。書かれたのは紀元前だから、大昔から若者はバカで、老人は正しかったのだろう。このネタを夏彦翁はご存知だったか?

この本は「戦前」についての夏彦翁の談話集。雑誌「室内」に連載されていたそうな。全部見てきたようにしゃべっているが与太も混じっているような… 「見たと思ったもの」も見てきたことに勘定しているニオイがする。一例が「戦後の混乱期に飢え死にした人はいなかった」という話。ヤミ米を食べなかった某判事が例外で、政府が宣伝に使って、しかもホントウではなかったという話。

戦後の混乱期には生まれてもいなかった私でも分かる。都市近辺の身寄りのない子たちは、食べるものが不足して餓死したのではなく、衰弱死したんだということ。「火垂るの墓」はもちろんフィクションだけど元ネタはあったはず。餓死ではなく衰弱死なのだが、そこへの視線は一切無。

自分が見たミクロこそが真実で、間違いがあるかもしれないと心構える謙虚さは微塵もない。この時代の人ならではなんだろ。

エッセイよりも実際の仕事っぷりを読んでみたい。しゃべりっぷりから「極東ブログ」finalventさんに似ているなぁと思いきや、本人は山本夏彦など、実は、たった一冊「無想庵物語」を読めばいいなどと言っている(本人の日記では結構言及しているのに)。次は「無想庵物語」にしよう。

夏彦節はここで読める。

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