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ネット誘拐、ネット通り魔という新しい犯罪、あるいはいつ子どもの画像のアップを止めるべきか?

昨年12月、5才の女児が連れ去られた事件で、略取などの罪に問われた鳴海孝之被告(21)の初公判が地裁で行われ、鳴海被告は起訴事実を全面的に認めた。鳴海被告は「インターネットの個人サイトで女児を物色した」などと述べている
(君が望まないニュース)

さっき閃いた造語だが、「インターネット誘拐犯」という。英語なら"internet kidnapping"といったところか。どちらも存在しない言葉だ。仮にあなたが連続誘拐犯を目指すのであれば、対象は自分とのかかわりが少ない、でも相手を一方的に知っている子どもを探すだろう。

子どもの画像が容易に手に入り、その生活範囲や活動時間をうかがい知ることができる、個人情報を晒しているサイトから物色するだろう。

ウェブログにより、ネットへの敷居が格段に低くなった。結果、多くの人が参画できる反面、略取・誘拐などの犯罪にも使えるほど便利になっている。

以下、ご不快かもしれないが、それを承知で警告する。まだ存在しないが、新しい犯罪のやり方としてブログが使われることが充分に予測できるから

個人情報を晒す人は、その「個人」ならリスクを承知しているが、その家族や周りの人にもリスクは発生していることを指摘したい。微々たるものかもしれないが、ゼロではない。

子どもの成長記録としてブログを利用する人がいる。とても微笑ましく思う。「子どもにもジンケンが…」などと人権厨房のつもりはない。ただ、子どもがひとり歩きする頃、すなわち小学校低学年ぐらいには、画像の公開を止めたほうがよい。あるいは顔が分からないように、後姿にしたり携帯カメラの小さい画像を使うことにより、トレースされないような工夫をして、子どもをネットから「守る」ことが必要になる。

ネットは、明るいところもあれば、暗いところもある。世間とおんなじ。ブログだと同好の士が集まりやすいが、ブログはネットの一部であることを強調しておきたい

私は警察とは無縁な人間だが、ケーサツの中の人はウェブログのこの可能性を知っているのだろうか?

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山口浩[続きを読む]

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