よいアニメで、よい人生を『人生を変えるアニメ』

 涙も笑いもときめきも、人生に必要な感情はアニメが教えてくれる。

 べつにドラマティックに変わらなくてもいい。『ゆるキャン』観てこの冬、キャンプデビューするのもありだし、『弱ペダ』でロード買っちゃうのも変化だ。ヘコんだ気分がOPだけでUPするのもアニメの力、人生をいい風に押してくれるのは有難い。

 『人生を変えるアニメ』には、そんなアニメが並んでいる。アニメ監督や声優、小説家、評論家などが、年代ジャンル問わず、本気でお勧めしてくるアニメガイドなり。

 本書は「14歳の世渡り術」シリーズの一冊で、中高生に向けて「知ることは、生き延びること」というメッセージ性が込められている。『風の谷のナウシカ』『母をたずねて三千里』といった古い作品から、現在放映中の最新作も入り混じっているので、わたしが読むと「あるある!」「見た見た!」「見たい見たい!」とうなづくばかりの読書となる。

この世界の片隅に

 たとえば、斎藤環氏がお薦めする『この世界の片隅に』。彼は、劇場で7回鑑賞したという。打ち間違いではなく、同じ映画を7回観たんだって。わたしも大好きで、[たくさんの人に観てほしい。できれば、大切な人と一緒に]と綴ったが、さすがに7回はすごい。

 同じ映画を7回も観ると何が起こるのか? 映画の内容が自分の記憶と入り混じり、作品の中に言い知れぬ懐かしさを覚えるようになるんだって。これすごくわかる。何度も何度も繰り返すことで、そのアニメの会話やシーンや感情、音楽、空気感までもが、自分の人生の記憶の一部になるんだよね。

3月のライオン

 怖いことを言ってくる人もいる。[読書猿]さんだ。「14歳」シリーズで、読者が中高生メインであることを想定して、「いつか嘘をつくあなたへ」というタイトルで『3月のライオン』を薦めてくる。

 劇中、主人公はある「嘘」をつく。それは絶望的な状況で、自分の居場所をつくるための嘘なのだが、その嘘が彼の人生を決定してしまう。その嘘をつき通すために、嘘を本当として努力し、嘘を守るようになる。確かにこのシーンにはぞっとしたが、読書猿さんは先回りする。

 そして、「あなた=『人生を変えるアニメ』の読者」も、生きるための嘘をつくことになると予告する。「意に添わぬ期待や約束を引き受けて、必死に世界と自分をつなぎとめる戦いに身を投じることになる」というのである。この件はドキッとした。これは予告だが、わたしにとっては事実だからである。

 わたし自身、完全に正直に生きることはできない。嘘と本当との折り合いをつけながら(ごまかしながらともいう)、あるところは糊塗し、別のところは密かに頑張ってつじつまを合わせ、なんとかやり過ごしてきた。

 読書猿さんのメッセージが、「14歳」に届くかどうか分からない。だが、これを読んだ14歳が、わたしくらいの歳になって『3月のライオン』を観たとき(読んだとき)、きっと思いだすだろう(自分の人生として)。

灰羽連盟

 三宅陽一郎氏にとっての『灰羽連盟』は、文字通り「人生を変えるアニメ」だった。その熱量は読んでるこっちにダイレクトに伝わってくる。彼は、ストーリーの完成度や独特の世界観を長々と述べるのではなく、自分の人生をどういう風に変えてしまったかについて語ることで、『灰羽連盟』の魅力を伝えようとしてくる(そして、その試みは大成功している)。

 物語の後半の、ある会話のシーンで、その3分に満たない時間で、「自分にとって何かたいせつなもの」が分かる決定的な瞬間が訪れたというのだ。それは、声優の演技や脚本や演出といったものを超えて届き、人生にとっての得難い価値・生きていく方向性のようなものが示唆されたように思えるほどだったという。これは観たい!

天元突破グレンラガン

 これは、わたしのお薦め。『人生を変えるアニメ』には無いが、わたしの人生をアツい方へ変えたアニメとして全力で推したい。

 これ、子どもを寝かしつけた深夜、嫁さんとイッキに観た。笑いと悲鳴と号泣がないまぜになって、座って観てたのが立っている。感情が、ボロボロに突き落とされて、掴み上げられて、想像のナナメ上どころか次元を突破される。ラジカルに、心のほとばしるままに観る。ヘコんだ鼓動がみるみるうちに上昇する(OPを聴いたら今でもそうなる)。このアニメのコンセプトであり、ゴールであり、わたしが伝えたい言葉はこれだ。

いいかシモン、忘れンな!

お前を信じろ!

俺が信じるお前じゃねぇ

お前が信じる俺でもねぇ

お前が信じる、お前を信じろ!

 あのとき寝かしつけられてた子が大きくなり、とーちゃんの視聴リストから一気に観てくれたのも嬉しい。「お前を信じろ」と、わたしが伝えずとも、アニメが伝えてくれるのだから。

 よいアニメで、よい人生を。

Jinseiwokaeruanime

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『財政破綻後』という奇貨居くべし

 問題は、いつ起きるかではないし、どう回避するかでもない。起きることは必然で、そのときどんな打ち手が「いま」準備できているかだ。

  1. だれも財政破綻を気にしていない?
  2. 財政破綻とは何か
  3. 財政破綻の始まり
  4. 財政破綻後の日本
  5. 財政破綻後にやれること
  6. 切りやすいところから切る
  7. もしもゼロから作るなら
  8. 生きかたを選ぶ=死にかたを選ぶ
  9. 財政破綻という「奇貨」


1. だれも財政破綻を気にしていない?

 興味深いことに、Googleトレンドを見る限り、「財政破綻」を検索している人は過去最低ラインとなっている。問題が消え去ったわけでもなく、債務は積みあがっているにもかかわらず、財政はまだ詰んでいない。

 大きく2つの波がある。リーマン・ショックを発端とした2007年の世界金融危機と、ギリシャ経済破綻が大きく報道された2010年のユーロ危機だ。順番からすると次は日本か中国か。中国がコケて日本が無償で済むはずがない。

 そこで、財政破綻した「後」、日本がどうなっているか、どうすれば被害を最小限にできるのかを議論した、『財政破綻後』を読む。


2. 財政破綻とは何か

 本書が優れている点は、具体的なところ。

 政治家や官僚やマスコミは、口をそろえて「国民一人当たりの借金ガー」という明後日の方向か、「破綻させないための議論だから起きたときのことは議論すべきではない」といった無謬性のロジックを捏ねる(で、起きたら「想定外ガー」と来る)。

 だが本書は、政策立案者の観点から具体的に議論される。たとえば、「財政破綻とは何か」という定義から入る。

 最初は、投資家が日本国債を買わなくなるという事態だという。そんなことがあるだろうか? 外貨建てだと国債の償還ができなくなる→債務不履行(デフォルト)に陥るが、日本の場合は円建てが主なので、(日本銀行が買い支える限り)いくらでも借り換えができる。

 しかし、これは理論上の話であり、貨幣供給が過多となった状態で引き金(景気回復によるクラウディングアウト、首都直下型地震、他国の経済破綻による連鎖)によってインフレが止まらなくなった場合を想定する。インフレを抑えようと国債の買い入れを止めれば、国債価格が暴落(≒名目金利が高騰)することになる。

 ここまで想定した上で、あらためて「財政破綻とは、インフレ率または名目金利が高騰する状態」と定義する。具体的には、「緩やかな(2%以下の)インフレ率のもとで正常な(4%以下の)名目金利を維持できない状態」になる。そしてこれは、日本国債への信頼が失われればいつでも発生しうるという。


3. 財政破綻の始まり

 では、財政破綻の始まりは、どのように「見える」か? 

 わたしたちの目に触れるのは、「国債の未達」のニュースになる。未達とは、国債が売れ残る状況であり、その分、政府は資金を確保できなくなる。結果、社会保障の給付、地方自治体への補助金が滞ることになる。

 重要なのは、未達=財政破綻ではないこと。年金など特別会計にある積立金を充てることで当座はしのげるし、地方交付税の先送りで予算執行を抑制するといった手もあるという(ex : 2012.9閣議決定)。

 ただし、未達のショックで国債価格が下落すると話は別だ。国債を大量に保管する金融機関のバランスシートが大きく毀損し、中小金融機関から経営破綻、取引企業が資金調達できずに連鎖倒産に至る未来が待っている。


4. 財政破綻後の日本

 そして、社会保障の給付が滞ると、診療報酬・介護報酬の公費分が未収金となり、ほぼすべての病院が赤字となり、民間医療・介護団体を中心に倒産が続出するという(国公立病院は責任をとる制度が無いため、しばらくは赤字経営が続くが、時間の問題)。

 そのとき何が起こるかは、旧ソ連やギリシャの現実から学ぶことが多い。財政破綻で最も深刻な影響を受けたのは医療分野だという。

 ソ連が崩壊した際、透析医療がストップしたため2か月で人工透析患者のほとんどが死亡した。ギリシャでは国立病院の予算が半減し、医師、看護師、医療品が極端に不足し、まともな医療を受けるためには賄賂を使う必要が出ているという。

 本書では「国民の25%にあたる250万人が失業、無保険者になる」と留めているが、治安の悪化も深刻化していることは想像に難くない。日本がそうなるかどうかは神のみぞ知るが、経済規模の大きい分、さらに大きなインパクトが生じるだろう。

 未来予想図としては、2007年に人口1万3000人、380億円の借金を抱えて破綻した北海道夕張市が挙げられる。現在、国と北海道の管理の下、財政再建計画が実行されている。

 そこでは、職員は半減・給与30%カットされ、市立病院や小中学校は縮小・削減し、所得税、固定資産税、住民税は増税(軽自動車税は他の1.5倍)という状況だ。見切りをつけて引っ越しする人もいる。国の財政破綻とは、究極的には国民自身の生活の破綻なのだ。

 人口で見るなら、この1000倍が起きるのだ(ただし、引っ越し先は国外になる)。


5. 財政破綻後にやれること

 時間的余裕がないなかで、政府の選択肢は限られる。

 歳出の執行停止、先送りなど止血処置や、大幅な増税、大幅な歳出削減など、すでに何度も議論されており、未だ決着のつかない施策が挙げられる。本書は、対策を遅らせないよう、何を残し、何をカットするのかをあらかじめ決めておくこと(財政破綻のトリアージ)を提言する。

 守るべきものとして、必要最小限の防衛費、治安維持のための警察費、災害救助費
医療では、救急、周産期医療、透析、未来への投資として、義務教育、保育園を挙げる。

 そして、政府・議員がずっと目をそらし続けてきた、国家予算の30兆円を占める社会保障に手を付けざるを得なくなる。そのとき、何が起きるか?


6. 切りやすいところから切る

 おそらく、ヒステリックになった国民(の一部?)が、公務員の給料を減らせと言いだすだろうが、全部あわせても5兆円。もちろん、公務員や議員の給与・歳費カットもあるだろうが、実際の貢献よりも、「政府は本気だ」というシグナルとしてあげられる。

 そして、大増税と併せて「切りやすいところから切る」ロジックを予想する。すなわち、政治的弱者(若者、子育て世代)から切り捨てるロジックである。

 たとえば、東日本大震災時は、「子ども手当」がバラマキであると見なされ、歳出削減の対象として槍玉に挙げられた。バラマキは子ども手当に限ったことではなく、国から地方への補助金、医療・介護を含む社会保障サービス、公共事業にも残っていたが、なぜ子ども手当が狙い撃ちされたのか?

 本書では、純粋な政治力学が働いたという。子育て世代は(ニーズが分散するため)政治力が相対的に弱い。結果、医療や介護へのニーズに集約され票を多く持つ高齢者世代から見た、「切りやすいところ」になる。

 反対に、高齢者世代にとって不利益になるような年金・医療・介護に手を付けようとすると、猛反発を食らうことは必至である(高齢者世代を顧客とする新聞とテレビが音頭取ってキャンペーンを張るだろう)。「民意(いま生きている有権者)」の多数は誰かと考えれば、シルバー民主主義がまかり通る。ここでも老人栄えて国滅ぶ未来が待っている。


7. もしもゼロから作るなら

 これは、通常の民主主義で解決することができない。どうすればよいか? 

 本書では、仮想的な未来世代を代弁する組織をつくり、将来生まれてくる日本人の利益を代表する提言をしている。本書にはないが、一人一票ではなく、子どもの数だけ親が投票できる制度も検討されるべきだろう。ただし、これらもシルバー民主主義の「民意」に圧殺されることが予想される。

 そして、日本経済が焼け野原になった後、制度設計をゼロスタートするならばという前提で、それに向けた準備を提言する。これまで改革を阻んできた既得権益者たちが消えたという世界である。

 具体的にはこうだ。

  1. 医療・介護サービスの配給制
  2. 企業の組合健保を解散して都道府県単位で協会健保、国保と合併
  3. 患者負担割合を年齢に関係なく原則3割
  4. 国公立病院、大学附属病院を広域単位で強制合併

 そして、公的医療制度の二階建てを提言する。すなわち、有効性が認められた医療すべてを保険の給付対象とするのではなく、費用対効果を精査し、基本分(皆保障)+オプション化することで、給付と負担のバランスを段階的にするのだ。その上で、国民自身に「生き方(裏返せば死に方)」を選んでもらうのである。


8. 生きかたを選ぶ=死にかたを選ぶ

 つまりこうだ。ある年齢に達した時に、延命医療のレベルをどうするか、国民一人ひとりに選択させて、その後支払う保険料に差を設けるのである。

 死ぬ間際の数週間を、(どういう状態かは想像したくないが)最低限心臓だけを動かしている状態にするために行われる「医療」行為を、まだ元気なうちにするかしないか、選んでもらうのである。

 現在では、アリバイ作りのように湯水のごとく医療費が注ぎ込まれている(延命医療に生涯医療費の3割を注ぎ込んでいる例もあるという)。本書では医療費に焦点が当てられているが、[敬老の日なので、長生きについて考えて欲しい]を読むと、「長生き」とは単に長く生きることなのか? と疑問が湧き上がる。

 生きるのがままならないなら、せめて、死ぬときくらいは選ばせてほしい。マスコミにより、「安楽死」が酷く叩かれた時期があったが、死を選ぶというよりも、自分で生きるのが困難になったなら―――その基準は人によるだろう―――むりやり生かすのではなく、自然に任せてほしい。生あるものはみな死ぬのに、死ぬのがこれほど困難な時代にいる。これが変わるために、社会保障制度を焼け野原にしなくてもいいのでは、と思えてくる。


9. 財政破綻という「奇貨」

 ただし、完全なガラガラポンは難しいと考える。社会保障制度は、一部が崩れ、一部は形を変えたり輸血で生き残るのではないだろうか。

 つまりこうだ、年金基金などプールから汲みだしているものは、積立金を取り崩して生き永らえるだろうが、診療報酬・介護報酬のようなサイクルの中で回しているものは、破綻は輸血停止を意味し、民間医療・介護事業体は壊死する。

 そのため、完全な崩壊から大ナタを振るう形ではなく、弥縫的に(泥縄的に?)あっちを立てたり、こっちを変えたりツギハギしながら立ち上がろうとするだろう(前述の透析医療関連への保障は、最速で立法化が求められる)。

 そして、本書で提言されている制度の再建が達成されるとするなら、いま多数を占めている高齢者がいなくなる2050年頃となるだろう。いまの高齢者を変えるのは難しいが、これから高齢者になる人たちは、いまの高齢者を見ている。そこから学ぶのか、真似るのか、選ぶことができる。

 いつ起きるか・どう回避するかではなく、必ず起きる財政破綻を奇貨と居けるかどうかは、「いま」に懸かっている。

Zaiseihatanngo

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人生を変える新書『はじめての新書』

 すばらしいブックリスト。無料で手に入るので、書店へ急げ。

 好奇心の入口であり、探究心の糧であり、分野を俯瞰する丘である新書は、多種多様多量に渡る。そんな中から、何を読めばよいか、どのように選べば良いか、コンパクトにまとまっている。ここでは、以下についてまとめてみよう。

 1. 本を探すだけでなく、人を探す
 2. 人生を変える新書
 3. 自分にぴったりの新書を探す方法(山本貴光流)
 4. 効率よく新書を読む技術(松岡正剛流)
 5. わたしのお薦め新書

Hajimetenosinsho


1. 本を探すだけでなく、人を探す

 重要なのは、「本」だけではない。作家、学者、編集者、著名人のなかでも名だたる読み巧者たちが「この新書を読め」と推してくる。そうした「人」のリストでもあるのだ。

 やり方は簡単だ。

 タイトルや紹介文から、気になる新書を推している「人」を選ぶだけ。すると、自分の興味を同じくする「人」のリストができあがる。そして、メディアの書評や twitter などのタイムラインでその「人」を追いかけることで導かれる本は、自分の知らないスゴ本である可能性が高い。

 これは、本を探すだけでなく人を探すリストでもあるのだ。

 そんな目で見ると、本書の面白い読み方ができる。岩波新書の創刊80年を記念した「図書」臨時増刊号だから、岩波に目くばせして、EHカー『歴史とは何か』や丸山真男『日本の思想』ばかり目に付く。そんな定番は誰かがお薦めしているだろうと、選者にとっての「思い入れ」を推す人こそが狙い目である。

 というのも、実は昨年、岩波文庫創刊90周年を記念して、似たような企画があったのだが、岩波文庫縛りだった。結果、誰もがよく知る「ど定番」ばかりで参考にならなかった。しかし今回は、岩波に囚われず、「新書」であるならなんでもOKということで、実にさまざまのレーベルが揃っている。


2. 人生を変える新書

 種々雑多と言っていいほどの中から、強い思い入れのある本を推す「人」を選んでいくと、あの薄くてスリムな新書が、人ひとりの人生を変えてしまうことがあることに気づく。

 それは、人生のターニングポイントを切り替えてしまうきっかけだったり、現在でも続く信念を築き上げてしまう一冊だったりする。

 たとえば、p.18にある坂井豊貴氏にとっての『自動車の社会的費用』(岩波新書青)。この一冊は、「運転免許をとらない」という方へ、彼の人生を変えてしまった。なんとなく免許をとらないではなく、積極的にとらない生き方にしたのである。『自動車の社会的費用』は、クルマが社会全体にかける負荷を「社会的費用」の概念でとらえ、クルマ社会と、それを安易に受け入れる人々を、痛烈に批判している。

 これ、すごく分かる。わたしも影響を受けた一人だった。しかし、「運転免許をとらない」という生き方はできなかった。交通事故や環境破壊など、社会に対し甚大な影響を与えるクルマに対し、その利便性を採ったのである(クルマの社会的費用が低すぎることは承知の上で)。

 あるいは、p.70の読書猿さんにとっての『認識とパタン』(岩波新書黄)。プログラミング少年だった時代に最初に読んだ新書だという。パターン認識の入門だが、機械学習の限界を示す「醜いアヒルの仔の定理」をきっかけに哲学科に進むことを決めたという。

 なにそれ気になる! 科学的・数学的な基礎付けにより、知覚の本質を定義しなおす「認識論」は、スリリングでめっちゃ面白いはず。渡辺慧『時』から辿ってみよう(ちなみに『認識とパタン』は結構な値がついているので復刊してほしい)。


3. 自分にぴったりの新書を探す方法(山本貴光流)

 人のお薦めではなく、「わたしの」好きな新書を読みたい。そんな方にとっての新書の探し方は、p.22の山本貴光氏が紹介している。

 それは、「目録を座右に」だという。漠然と興味のある分野を探り→絞り→特定するには、目録(特に紙版)を眺めるのが一番になる。文字通り、自分の好みを「見」極めるわけである。手元に置きたい目録はこれ。

  • 岩波新書(岩波書店)
  • 文庫クセジュ(白水社)
  • 中公新書(中央公論)
  • 講談社ブルーバックス(講談社)
  • 講談社現代新書(講談社)
  • センチュリーブックス人と思想(清水書院)
  • ちくま新書(筑摩書房)
  • 平凡社新書(平凡社)
  • Very Short Introduction(オックスフォード大学出版局)

 これに、書籍として『岩波新書の歴史』と『中公新書総解説目録』を入れるのがよろしいという。「Very Short Introduction」は丸善の「サイエンス・パレット」か、あるいは紀伊國屋「一冊でわかる」シリーズの両面から追うのが吉。


4. 効率よく新書を読む技術(松岡正剛流)

 他と異なり、新書ならではの特徴を活かした読み方がある。p.32の松岡正剛氏がアドバイスしている。

 それは、目次にある。新書には、章立てとは別に「小見出し」が数多くついている。これが役に立つという。ほとんどが編集者の手によるものだが、その節なり章なりを、できるだけ短い言葉で表しているため、そこをチェックするだけで中身がだいたい把握できるようになっている。松岡氏はこういう。

ぼくは本文をぺらぺらめくる前に、たいていは目次をしばし眺め、漠然としたスコープが俯瞰できたところで、次にこの「小見出し」をさあっと追うようにしている。それで関心が薄くなるようだったら、そのままうっちゃっておく。読書は打ち切ったり、捨ておくことも重要なのだ。

 小見出しのさっと読み、わたしもよくやる。図書館や書店だと、これができるのがありがたい。じっさいに本を借りる/買う前に、その内容とお見合いをするのである。

 そこは編集者も承知しており、問いかけ形式の見出しで目次を作っているのもある。「答えは(買ってから)本文を読んでね」という意図だろう。だが断る。答えを見ちゃう。そして、そこで新たな発見に出会えるなら、そこでようやく財布の紐を緩める寸法なり。


5. わたしのお薦め新書

 せっかくだから、わたしのお薦めをご紹介。

『ナウなヤング』 杉元伶一著/水玉螢之丞イラスト(岩波ジュニア新書)

 新書といえばコレでしょ! というぐらい強力にお薦めしたい。

 「ナウい」「ヤング」なんて死後wwwいや死語wwww30年前の「新書」だから、これっぽっちも新しくないと思うだろ? でも手にとると分かる。これ、「いま」を描いていることが。「恋愛」「夜ふかし」「バカな学生」といったテーマで、「いまどき」の若者が何を考えて生きているのかが見えてくる。人のことを聞けない、前を見て歩けない、自分語り大好きな「うけつけないひと」の件は爆笑するはず。

 そして、30年前だろうと、「いま」だろうと、若者は全く変わっていないことが分かる。紀元前400年前の「若者」は慎みや節制を知らぬと言われていたし、1970年代の「若者」は当事者意識が完全に欠如していると言われていた。「いまどきの若者は……」と文句いうオッサン/オバサンがいたら、そっと渡すべし。そんなオッサン/オバサンが若かりし頃の生態を写し取ったものだから。

 「年年歳歳花相似たり 歳歳年年人同じからず」という言葉は、「若者」がふさわしい。水玉螢之丞の若者のイラストがいい味出しており、どの時代の「いまどきの若者」らしく見える。

『人はなぜ物語を求めるのか』 (ちくまプリマー新書)

 これ、生きづらいと思っている人に届いてほしい新書。入口は物語論なんだけれど、人の仕様にまで掘り下げており、「なぜ人は憎むのか」「その怒りはどこから来たのか」を見直すきっかけになるかも。この意味で、カーネマン『ファスト&スロー』よりも優れている。人生に物語が必要なのは、不条理すぎる現実に「わたし」を壊させないため。物語は、いわばセーフティ・ネットなのだ。

 人は世界を「ありのまま」に理解することはできない。断片的に入ってくる情報を元に関係性(特に因果関係)を求めてしまい、世界を理解したいやり方で理解しようとする。「人は見たいものしか見ない」と同様、「分かりたい」欲望によって事実は都合よく取捨選択されているのである。

 これに自覚的になることで、いま抱えている感情―――辛さや憎しみ、怒り―――を引き起こしている因果関係の恣意性に気づくかもしれぬ。これは一種の残酷な話かもしれぬ。なぜなら、そうした怒りや憎しみもひっくるめて「わたし」を構成しているのだから、気づくことは、それを外的なものとして再発見する(≒捨てる)ことにつながる。

『科学と宗教』Thomas Dixon(丸善サイエンス・パレット新書)

 「世界を分かりたい」欲望を歴史から振り返ると、科学と宗教が浮かび上がってくる。

 科学と宗教は対立するものとして見られがちだが、そうではなく、むしろもっと根が深い。「正しいか、正しくないか」ではなく、争点が「政治」にあることが問題になる。定番のテーマであるガリレオ裁判、進化論に対する理解の変遷、そしてID(インテリジェント・デザイン)説をめぐる論争や、ドーキンスの利他性の問題を採り上げ、科学哲学と宗教的含意の議論をまとめている。

 歴史の俎上に乗せてしまうと、科学と宗教は驚くほど似通っており、対立というよりも、補完・強化する関係になっていることが分かる。先進的な科学者v.s.保守的な教会という構図はドラマティックだが、現実は違う。どちらも頑迷さと寛容性があり、どちらにも知的探究心と真実の尊重、レトリックの多用、国家権力へのすりよりといった側面を見ることができる。

 「宗教なき科学は欠陥であり、科学なき宗教は盲目である」と言ったのはアインシュタイン、両者は対立するのではなく、並走してきた。宗教が示す物語から、科学が描く物語により、世界を理解していることに自覚的であるために読むべし。

 『はじめての新書』には、あなたの人生を変える新書がある。それが何かは、あなたの自身の目で探してほしい。

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読書猿さんと飲んできた

楽しすぎる&もったいなすぎる会だった。ボイレコ録って文字に起こしたら、それだけでお金もらえるじゃね? というぐらい。

Kokoronosinka

読書猿さんと丸善巡ってこれだけで済んだことが驚異的

まず「読書猿さんって誰?」という人は、今すぐ[読書猿]に行って帰ってこなくてもよろしい。知らないなら人生損していると断言できるブログだ。どれか一つでもいいので実践したら、それだけで財産になる。

昨今、ハリボテの知の巨人や偽物の教養人が跋扈し、「教養」を人質にコンプレックスを煽って小金を稼いでいる。そのせいで「教養」という言葉が棄損されており、彼を何て呼べばいいか悩む。「哲人」が最適かな(鉄人にも通じるし)と思うが、本人は[フィロロギスト]だという。

そんな読書猿さんから、一を投げると十ぐらい返ってくる(1)博覧強記のライトニングトークと、(2)ネットで言えない/聞けないこと、そして、わたしの課題である(3)英語力向上へのアドバイスをもらった。

5時間ぶっつづけでお話したが、足りない。時間も足りないし、ホワイトボード準備してなかったし、ネットで検索することもできなかった。オフレコ除いて、さしさわりのない範囲で書いてみる。

(1)博覧強記のライトニングトーク

まず、丸善丸の内本店を巡る。

松丸本舗の跡地(茶店になっている)を案内する。ここでのオフ会[1][2]楽しかったなぁ、読書猿さんと一緒に回りたかったなぁ……などと夢の跡に涙した後、わたしの狙い目の本に対し、アドバイスをもらう。

わたしが狙っている本として、ダニエル・デネット『心の進化を解明する』、佐藤岳詩『メタ倫理学入門』、ジョシュア・グリーン『モラル・トライブス』、『進化心理学を学びたいあなたへ』、そして分析哲学の雑誌「フィルカル」を挙げる。即座に(大陸)哲学と分析哲学の講義になる。

このときほどホワイトボードが欲しいと思ったことはない。大量の書籍を前に、これ、これ、これ、と指さしてそれぞれの背景、繋がり、行く末を批評するのだが、トークが早すぎてメモれないし本屋でメモるわけにもゆかぬ。

結局、エッセンスしか覚えられなかった。すなわち、共通基盤である論理学で鍛えられ、実のある論争を積み重ねた分析哲学は、(大陸)哲学を凌駕しようとしている。「ここは自分の領域」と固めるのではなく、問題があるところが議論をする場所として進展しようとする。

餅は餅屋、科学の現在について分からなければ、科学者に聞けばよい。事実、ダニエル・デネットはそうしている。しかし、同じ大学の科学者の研究室を訪れる代わりに、昔の文献に鼻をつっこみ、その解釈に明け暮れているのが、(大陸)哲学者である。

科学はアップデートされるが、(大陸)哲学は再解釈されるのみ(これを読書猿さんは「科学は新刊が出る」と一言であらわした)。したがって、科学の方法論を取り込んだ分析哲学が活きのいいのは当然で、結果、(大陸)哲学を凌駕するようになる。かつてのマルクス経済学と近代経済学の関係が、大陸哲学と分析哲学の関係になるかもしれない。

(2)ネットで言えない/聞けないこと

ネットでは言えないことを言いたい放題できてよかった。あと、ネットで聞けないことを沢山うかがうことができて面白かった。

「〇〇〇と〇〇〇はキワモノ枠」「〇〇〇〇〇は今をときめくベストセラーだけどゴミ」「〇〇〇〇は初期の短編だけが良く、あとはダメ」などと、わたしが常々思っていることとだいたい合ってたwww

わたしの自論として、ゴミは駆逐すべしと考えていた。しかし、読書猿さんの「それが売れたおかげで出版社が潤い、良書が世に出たことを考えれば、一概に言えない」という指摘は鋭い。『〇〇ー〇○〇ー』や『〇〇と〇』の具体例を挙げて説明されると、確かにその通りだと見えてくる。

Wikipediaのコピペを売りさばいているエセ教養人も、マスで見ると別の(ポジティブな)意味があるのかもしれぬ。

(3)英語力向上

わたしの課題として、「英文がスラスラ読めるようになりたい」がある。

トピックを追いかけてゆくと、英語という壁が立ちはだかる。読むのに異様に時間がかかるのだ。分からない単語を調べるのが面倒→読むのがおっくう→読まずに済ますというループになる。Google翻訳に任せて読んだフリしてもいいが、ヘンテコな邦訳よりもやはり自分でスラスラ読めるようになりたい。

そこでもらったアドバイスは「二万語」。ジャパンタイムスのコラムをコピーしてノートの左側に貼る。コラムを読むのではなく、そこに出てくる「分からない単語」を右側に抜き出して、その意味を調べる。

これだけ(ただし毎日続ける)。これを数ヶ月続けた後、Ankiアプリを使って記憶の定着化を図れという。

興味のある文章を読んでいて、不明の単語にぶつかって調べようとすると、「読む」が中断されてしまう。そして調べた後に「読む」に戻るコストが大きすぎる。ボキャブラリーを増やすために読んでいるのに、ボキャブラリーを増やす(=調べる)ことで「読む」コストが増えてしまうのは本末転倒。だから、「読む」とボキャブラリーを増やすを切り離して訓練するのである。まずは二万語を目指してみるか!

他にも様々なことを教えてもらい、提案をし、アドバイスをもらった。[shorebird 進化心理学中心の書評など]いいよねとか、[未翻訳ブックレビュー]凄いよねとか、好みのブログも合っていて嬉しい。

そして、最近、わたしが確信を持ちつつある科学ネタにも向き合ってくれて有り難い。物理学の限界と人間原理の境界の話や、腸内微生物による性格の相似化など、普通ならキ〇ガイ扱いされるようなネタにも、きちんとエビデンスに裏打ちされた話を打ち返してくれる。すげー楽しい。

記憶を頼りにだらだら書いてきたが、これでもトークの5%にも満たない。自信をもって言えることは、「『独学大全』はとてつもなく面白い&役立つ教養書になる」だな。全員全裸待機するように。

あと、わたしも原稿がんばります。

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ディック・フランシス『直線』が寝かせてくれない

 「面白い小説とはセックスのようなもので、途中でやめるわけにいかない」という阿刀田高の言葉は、まさにこの作品のためにある。「あと少し」「もうちょっと」と面白さに引きずられ、読み始めると、終わりまで終われない。

 競馬をテーマにしたミステリで有名なディック・フランシス。まずは、このディック・フランシスのシリーズの山を見てくれ。スゴ本オフで、みかん星人さんの蔵書をプレゼントしてもらったのだ(ありがとうございます!)。

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 ディック・フランシスの小説の特徴は、競馬が関連することと、邦訳タイトルが『大穴』『黄金』といった漢字2文字になるところ。この緑色の背表紙は、ずらっと書店で眺めると結構な存在感となる。

 主人公や舞台が異なり、読み切りとなっているため、どれから読んでも摘まんでもいい。どれもお薦めというのは悩ましい。あまりなじみのない人に、「この一冊」を選ぶならどれになる? ということで、みかん星人さんに教えてもらったのが『直線』(Straight)だ。

 冒頭がすばらしくいい、これだ。

私は兄の人生を引き継いだ。彼の机、彼のビジネス、彼のおもちゃ、彼の敵、彼の馬そして彼の愛人。私は兄の命を引き継いだ。そしてそのために危うく死ぬところだった。

 この一行目で心惹かれ、どっぷりハマる。主人公は競馬の騎手。疎遠だった兄が急死したことで、兄の事業や財産を受け継ぐことになるが、その過程のなかで様々なトラブルに巻き込まれてゆく。

 壁をひとつひとつ乗り越えるたびに、兄が優れたビジネスマンだったこと、生真面目な(Straight)顔とともにユーモアに溢れていたこと、厄介ごとの種を抱えていたこと、そして、何よりも弟のことを深く愛していたことに気づく。

 そして、ひとつひとつ気づくたびに、主人公とともに読者はハッと衝かれ、寂寥感に胸が熱くなる。もはや絶対に手に入らない時間を惜しむとともに、もっと近くにいれば、もっと言葉を交わしていればよかったのにと悔む。

 この兄が魅力的な人なんだな。主人公に遺された手帳のメモを引用しよう。冷静で、辛辣で、真摯な(Straight)人物像が見えてくる。この作品のもう一人の主人公は兄であり、その人となりや秘密を解き明かす物語でもあるのだ。

あらゆる所得層の中に、世の無秩序をせせら笑いながら、自分の家が泥棒に荒らされたのに憤慨して警察を呼ぶ平凡な愚か者がいる。そういう人間は、銃を持った者から救ってもらう必要が生じるまでは反体制的言動を示している

多くの人間にとって、犯罪は犯罪ではなく、たんに生活様式にすぎない。法が自分にとって不都合であれば無視する、自分には当てはまらないと思っている

歴史的に見て、ガンで死んだ人間より宗教のために死んだ人間のほうが多い

 目頭が熱くなったのはここ。「デリック」は弟である主人公がここを読むシーン。

デリックが、肋骨骨折で体をこわばらせて夕食に来た。たえずそのように怪我をすることにどうやって耐えてゆくのだ、と訊いた。「痛みを忘れてパーティを楽しむのです」と言った。それで、二人でシャンパンを飲んだ

 生きることは痛むことだ。痛むことなしに生きることはできない。それが、落馬して骨折した痛みであれ、心ない誰かの言葉で傷つけられた痛みであれ。そして、いったん痛みを忘れ、生きることを楽しむ外はないのである。

 みかん星人さん、教えていただき、ありがとうございます。そして皆さんにもお薦めする、読み始めたら最後、やめられなくなる傑作をどうぞ。

<追記>
次は、『大穴』→『利腕』→『敵手』→『興奮』→『再起』の順に読むと良いとのこと。寝かせてくれない夜を楽しもう。

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最新のアメリカの「世界文学全集」に見る日本文学

 世界文学全集を編むとき、そこに時代や地域による自動的な選別が行われる。編者の価値観や願望が反映されたものになる。

短篇コレクション 日本における「世界文学全集」では、池澤夏樹が編んだ河出書房版が新しいが、たとえばその『短篇コレクションI』だと、南米や中東、中国と沖縄など、非ヨーロッパから選ばれており、地域性フィルターが働いていることが分かる。非欧州でも(だからこそ?)こんなにも豊かな技法と発想に恵まれていることが、この一冊で分かるようになっている。

文学全集を立ちあげる また、丸谷才一、鹿島茂、三浦雅士の鼎談をまとめた『文学全集を立ちあげる』では、いわゆるカノン(正典)を示し、(読むにも書くにも)文学の技法を拡張する100冊が紹介される。面白いのは、日本であれ世界であれ、村上春樹の作品を執拗に全集から外そうとしているところ。日本の評論家では評価できないのであれば、むしろ世界文学全集に入れるのがふさわしかろうに。

 反対に、海外では日本文学をどのように位置づけているか? と考えていると、格好の講演があった。秋草俊一郎氏の「世界の中の日本文学」という特別講演だ。北米の大学では、教材として「世界文学アンソロジー」が使われており、そこで日本文学がどのように扱われているか? という視点から捉え直す試みになる。

Sekaibungaku

 以前、デジタル・ヒューマニティーズについて、「文学とコンピュータが出会うとき」という題目で同氏の講演を聴講したことがあるが、例が豊富で非常に分かりやすく、かつ読みたい本がザクザク出てくる1時間半でしたな。今回は、2018年に刊行されたノートン版世界文学アンソロジー4版についても語ってくれるとのことなので、めっちゃ楽しみ。

 入場無料、予約不要とのことで、ご興味のある方はぜひ。わたしも聴講するつもり。ご一緒していただく方がいらしたら、これをネタに一杯やりながら文学談義をしましょう。というわけでオフ会の募集も書いておく。

一次会 時間 15:00-16:30
    場所 市ヶ谷 日本大学会館
    目的 特別講演を聴講する
    参加方法 上のポスター参照

二次会 時間 17:00頃~19:00頃
    場所 市ヶ谷のどこか
    目的 一次会をネタに語りあう
    参加方法 twitter でわたし(@Dain_sugohon)に話しかけてくださいまし

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「見る」をアップデートする『名画読解』

 マルセル・プルーストの「真の発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。新しい目で見ることなのだ」を実現する一冊。これを読むことは、新しい目を手に入れる旅といっていい。

 きっかけはこのツイート。

読書猿先生が紹介した『名画読解』はdainさんで言うスゴ本なり(私見)。dainさんの書評で、新しい目を提供するのがスゴ本だと言っていたが、この本は身体としての眼そのものが変わる実感を得られた。世界の解像度が上がって見えるので是非読んでほしい。教養(雑学)の美術ではなく、観察としての美術

ぶんもう (@sikoubox2357)
あと観察力をガチに高めるなら、FBIやCIA、ニューヨーク市警、ロンドン警視庁でも採用されている(セミナーをやってる人が書いている)『観察力を磨く 名画読解』をどうぞ。

読書猿(@kurubushi_rm)

 これは期待! とワクワクしながら読んだら、それ以上にスゴかった。読む「目」が更新されるのだ。外界の光学的情報を映すハードウェアとしての「目」は変わらないが、そのソフトウェアがアップデートされるようなもの。まぎれもなく、「世界の解像度が上がって見える」。ぶんもうさん、読書猿さん、ありがとうございます。

Meigadokkai

「見える」と「見る」の違い

 「見える」と「見る」は違う。目に入ってくるものを漫然と眺めていることと、能動的に目を凝らして観察するぐらい違う。しかし、どうすれば両者を効率的に切り替えられるのか、分からない。さらに、細部に集中するあまり、最も重要なものを見落としたりする。目に入っていながら「見て」いなかったことを思い知る。

 「見る」はトレーニングにより向上する。あまりに基本的すぎるため、これに気付かない人が多い(というか、わたし自身がそうだった)。そんなわたしは、本書が示す、まず「脳のオートパイロットを切る」から実行した。

 視覚から入ってくる情報はあまりに多い。街の雑踏に立つとき、膨大な色彩や光源、道路や建物の様々な形、歩く人と走る車が、いちどきに目に入ってくる。これらすべてに等しく注意を向けて処理はできない。

脳のオートパイロットを切る

 だから「歩く」とか「道を渡る」に必要な情報を脳が取捨選択する。もっと言うと、「注意する」以前の段階で処理されているという(これが脳のオートパイロットだ)。網膜は視覚情報を受け取るだけの器官ではなく、神経組織から成る脳の一部であり、そこで注意の前処理がなされている。つまり、「人は目で見るというよりも脳で見ている」というのだ。

 この構造を意識して、「見える」ものを「見る」に切り替える。目に入ってくる一つ一つを吟味して、それが何であり、いつどこで起きたか、誰がどのようにしているかを分析する。これ、街中でやるとかなり危険だ。情報量が多すぎて、一歩も動けないだろうし、分析したものが正しいか確かめるのも一苦労だ。

なぜアートなのか?

 そこで、アートが登場する。アートとは何か? 「アートとは、途方もない量の経験と情報の蓄積」だという。絵画であれ彫刻であれ、モチーフが誰か(あるいは何か)、いつ、どこで起きた出来事で、なぜそのポーズをしているのか、予め分かっている。つまり、アートには答えがある。

 さらに、アートは観察者の感情とは独立して、そこに存在する。嫌いな、不快なモチーフだからといって、それを見なかったことにはできない。同様に、自分の好悪とは無関係に、対処が必要な現実の問題は存在する。嫌いだから無かったことにはできない。感情を切り離して対処する上で、アートは現実と同じように向き合うことができる、格好の材料となる。

 アートは、観察力、分析力、コミュニケーション力を鍛えるのに必要なすべてを備えているという。美術作品を見て、そこで何が起きているのかを説明する能力は、会議でも、教室でも、犯罪現場でも、工場でも、あらゆる局面で役立つというのである。

「見る」の実践

 では、アートを用いてどのように「見る」のか。美術作品の場合、「鑑賞する」というほうが適切だが、本書では、「観察する」さらには「観照する」に近いトレーニングになる。

 エッセンスをまとめると以下の通り。

  • 自分の感情をいったん脇に置き、対象と向き合う
  • そこに描かれているものを一つ一つ取り上げ、分析する
  • 重要なものから優先順位をつけ、どんなに当たり前に思えても全て言葉にする
  • 認知を歪めるバイアスを意識して、人に伝える上では客観的事実に限定する
  • 逆に人の意見を元に、対象に再び向き合って、認識が変わる点がないか確認する
  • 集中力は途切れやすいから、必ず休憩を入れる。

 あたりまえじゃん、というツッコミ歓迎。やってみるとすぐ分かるが、その「あたりまえ」ができていない。たとえば、重要なものを見落とす。快不快に左右される判断や、偏見に歪んだ判断を下す。決定的なものを伝えない。事前情報に左右される/耳を貸さない。

 目の前にある、動かないアートであるにもかかわらず、そうした罠のいちいちに引っかかって、自分がいかに「見えていながら見ていなかった」ことを思い知る。自分がいかに「見て」いなかったかを知るためだけでも、本書は有用である

百聞一見、youtubeに如かず

 本書のエッセンスは、わずか50分の動画で知ることができる。著者エイミー・ハーマンがGoogleで講演したものである。タイトルもずばり「Visual Intelligence」。

かなり早口の英語だけど、字幕が出るのがありがたい。本書には出てこないアートが紹介されており、本を読んだ人がこれを観ると、より理解が深まるだろう。

トラブルの渦中で「見る」べきもの

 本書で得られた「見る」能力は、あらゆる現場で役に立つ。著者は、FBIやCIAやNAVY Seals 、警察組織などで講演していることがその証左であり、そのフィードバックも本書で紹介されている。「見る」ことが、それこそ死活問題となるような現場である。

 本書で「グレーエリア」と呼ばれている緊急かつ重要な状況下では、「見る」優先があるという。トラブルが起きていることは分かるが、その規模や発生個所、理由、影響、いつどのように起きたのか、断片的にしか分からない。大規模な事故や災害の現場、ゴシップの炎上などがそう。このとき、「見る」優先度はどこになるか?

 グレーエリアにいる人は、感情的になり、パニックに陥りやすい。何が起きているのかよく分かっていないため、どうしていいか判断できない。そして、往々にして、渦中の人はこの言葉を口にする「いったいぜんたい、なぜこんなことになったのか!」と。

 そして、まさにこの「なぜ」が、最低の優先度だという。いつ、どこで、誰が(何を)、どのようには、「見る」べきものであり、「なぜ」は後回しにせよという。なぜか?

 それは、「なぜ」は分からなくても対処できるから。直接的な原因から発生する影響を回避・解除すれば、当面の問題は解決する。直接的な原因を引き起こした「なぜ」は解決した後であっても、分からない場合が多い。大騒ぎの中で「なぜ」を特定したとしても、それは断片的な情報から憶測で引き出した「原因」であり、感情や偏見のバイアスにかかっている場合が多い(しかも拡散しやすい)。

 そして、バイアスのかかった「原因」は、さらに人々の感情を煽り、問題解決のための「見る」をさらに歪めることになる。従って、手に入らない答えを探して時間を費やすより、今ある情報を「見ろ」というのである。

 この指摘は、ものすごく正しい。長いことシステム屋をやってきて、システムがコア吐いて死んだとき、プロジェクトが炎上してPMが逃亡したとき、偉い人は必ずといっていいほど、「いったいぜんたい、なぜこんなことになったのか!」と叫ぶが、この質問に答えるのは最後にするべきである。

 起きた事実だけを淡々と収集・分析するとともに、そこから発生・派生する影響を調べ、波及しないよう、沈静化するよう手を打つ。分析プロセスと沈静化プロセスは担当を別にして(でないとパニックになる)、間にホワイトボードを置く。そこに書かれる情報は、事実と推測を明確に分けるルールを設ける。わたしが血まみれになって学んだ経験が、本書できっちりノウハウ化されている。

おわりに

 タイトルは『名画読解』だが、名画の見方みたいな話は出てこない。あくまで観察のためのトレーニングツールである。読むことで目が更新され、新しい「目」が得られる。ぶんもうさん、読書猿さん、素晴らしい本を紹介していただき、あらためて感謝します。

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スゴ本オフ「のりもの」が熱い!

 好きな本を持ち寄って、まったり熱く語り合う読書会、それがスゴ本オフ。本に限らず、映画、音楽、ゲームなんでもよく、好きな作品でつながりあう。「好き」を介して人と出会い、人を介して「好き」を広げる場なんだ。

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 たいていは「テーマ」を決めて、そのテーマにちなんだ作品を持ち寄っている。もちろんストレートに思いついた作品もいいし、ひねったりコジツケてもOK。「なんでソレにしたの?」という疑問に答えることが、その作品の最高の紹介になるかもしれない。

 今回のテーマは「のりもの」。クルマや電車といった「乗り物」や、雑誌や新聞を「載りもの」にしてもいいし、最近ノッてる音楽もあり。いろいろな「のりもの」が集まって、子どもから大人まで、熱く楽しい日曜の午後でしたな。

新幹線大爆破

 めちゃくちゃ笑ったのが、ズバピタさんが紹介した映画『新幹線大爆破』。

 東京発博多行きにひかり号に爆弾が仕掛けられ、時速80km以下になると爆発するというパニックもの。爆弾魔が高倉健、新幹線の運転手が千葉真一、国鉄指令室に宇津井健というオールスターキャストで繰り広げられる頭脳戦と、暴走する警察が見どころとのこと。

 撮影当時、国鉄が撮影に協力してくれず(あたりまえやね)、やむをえず新幹線内部は隠し撮りしたという。前は東映と国鉄は良い関係だったのに、これで出入り禁止になったという曰くつき。予告編見れば分かる。

「現代の狂気を抉る!」
「爆弾と恐怖を乗せて!」
「死の旅へ一直線!」

 そりゃ怒られるわなwww 昭和臭たっぷりだけれど、「時速80km以下で爆発」ってまんま『スピード』だし、現代でも充分に通用するスリルと面白さとのこと。Amazonプライムで視聴できるので、ちょっと観てくる。

 「乗り物」といえばコレでしょ、とばかりに新幹線、電車、機関車など鉄分たっぷりでしたな。変わったのでは、日本の鉄道の「名所」として、勾配や曲線が変わったところばかりを紹介している本や、後ろにプロペラがついている機関車が出てくる。

乗り物としての人体

 「なるほどそう来たか!」と驚いたのが、乗り物としての人体。「のりもの」なんだから、当然、「のる」主体は人だと思っていた。ところが発想を変えると、人でない存在にとっての「人体」という乗り物が生まれてくる。

 たとえば、ビフィズス菌のような乳酸菌は、人体を乗り物にしていると言えるし、リチャード・ドーキンスは個体は遺伝子を運ぶ乗り物(vehicle)と表現した。そこで出てきたのが、onoさんが紹介した、「感染した人を天才にする菌」の話。

 『天才感染症』は、SF+バイオテロ+スパイてんこ盛りの徹夜本らしい。人間を乗り物にして広がろうとする菌と、それを抑え込もうとする人間の知恵比べが、スピーディーに展開される。非常に興味深いのは、これ、「森山塔の『デマコーヴァ』みたい」という喩えなり。分かる人には分かるが、それだとシャレならないんですけど……

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 もう一つ、タメになったのがH2さんの「腰」の話。現代人は、なぜ腰痛になるか? 実は、「腰」という場所を誤解しているのではないか? そこからスタートするH2さんの話が面白い。腰の概念がガラリと変わる。

 「腰がどこか、触れてみてください」と言われて手を後ろに回し、自分のお腹の背中側を触ってみる。ところが、そこは間違いとのこと。「腰をひねる」「腰を回す」といっても、「腰」は回らない。同様に、「腰の据わった」「腰が抜ける」「腰が重い/軽い」といった慣用句で示される「腰」の部分は、「お腹の背中側」ではなく、もっと下になる。

 では、腰とはどこなのか?

 答えは、杉田玄白『解体新書』にある。「腰は尻の上なり」と書いてある。本当の腰は脊髄の付け根なのだ。そして、そこで上半身を支えることで、腰痛は楽になる。腹筋や背筋の衰えで腰痛になるというのは間違いで、本当の腰(脊髄の基部)で上半身を支えることを意識することで解消できるという。

 立つにせよ座るにせよ、脊髄の基部を意識すると、下腹に力を突き出る感じがする。これはちょっと苦しい。しかし、意識することで、自然に背筋が伸びる姿勢になる。もともと背骨はゆるやかなS字型になっており、そのカーブで重い頭を支える仕組みとなっている。腰を意識することは、体幹をS字型にすることなのかもしれない。

 現代人は、自分の体を乗りこなせてないかもしれない。

異形の飛行機

 旅客機や戦闘機や、それにまつわる飛行機関連の作品も沢山紹介されたが、ここではなかでも目を引いた「異形」の飛行機についてまとめよう。

 度肝を抜かれたのが、山内さん紹介のジェットマン。これすげぇ!



 カーボンファイバー製の翼付きジェットパック・スーツで、時速320km、高度3,600mまで達する。ヘリからスカイダイビングのように飛び出して、飛行、滑空、旋回、空中ダンスと多彩な技を繰り広げ、最後はパラシュートで降りてくる。グランドキャニオンやドバイ、富士山上空を飛んだこともあるそうな。

 このジェットマン、スイス人で、イヴ・ロッシーという。元戦闘機パイロットで、元エアラインの機長だけど、自分自身で飛びたいという長年の夢をこうやって実現するなんて、凄いとしかいいようのない。来年還暦とのこと。

 異形の飛行機として面白いのが、たけさん紹介の『未完の計画機』。

 マッハ3を目指した超高速XB70バルキリーや、原子力エンジンという米国の野心を露わにした飛行機など、計画されテスト飛行もされていたのに、実際の運用として世に出なかった機体が紹介されている。

 それぞれの機体ごとに、各メーカーの草案、未完成のまま計画終了に至るまでの政治・組織的駆け引き、さらに実用性の乏しいデザインといった背景にまで掘り下げているという。

 面白いのは、さまざまな思惑の中で、最終的に飛ばなかった理由として最も大きいものは「政治」であること。デザインや安全性は修正が利くが、政治的判断はそのまま開発費用に直結するからなぁ...…続編の『未完の計画機2』もあるとのこと。

人馬一体

 圧巻だったのが、みかん星人さんが持ってきたディック・フランシスほぼ全巻。そして「乗り物としての馬」のお話が面白かった。

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 中世ヨーロッパの人々が南北アメリカ大陸を侵略できた理由として、「馬」があるという。南北アメリカ大陸にも馬はいたのだが、食べ尽くしてしまったとのこと。17世紀にヨーロッパ人が持ち込んだ馬を、「大きな犬」と思ったらしい。

 もともとそこに住んでいた部族をヨーロッパ人が殺戮しはじめたとき、馬がいれば情報を伝えることができ、部族間で結束して反撃することも可能だったかもしれない。だが、馬がいなかったため、各個撃破の形で侵略されてしまったという説である。

 そして時代が下ってディック・フランシス。ジョッキーの経験を活かした競走馬シリーズが有名なり。みかん星人さん、文庫で全巻持っているほど大好きだけど、ハードカバーで揃えたくて、今回全て放出とのこと(太っ腹!)。

 なかでも一番は『直線』(原題は”Straight”)で、レースの直線コースだけでなく、「真面目」という意味もあるという。主人公はジョッキーだけど、本当の主人公はその兄になる。冒頭が上手い。

私は兄の人生を引き継いだ。彼の机、彼のビジネス、彼のおもちゃ、彼の敵、彼の馬そして彼の愛人。私は兄の命を引き継いだ。そしてそのために危うく死ぬところだった。

 ディック・フランシスの作品に通底するテーマは喪失感だという。兄を失った穴を抱えながら、兄が残したさまざなヒントを元に謎を解いていく一方で、喪失感も深まってゆく。『直線』は、初めて声を出して泣いてしまった小説とのこと。これは読みたい(と何度も言明しているけれど、読めていない……スゴ本オフでは、そうした読みたい!が大量に積上げられる場でもある)。

いす・ワン・グランプリ

 めっちゃ面白かったのが、「いす・ワン・グランプリ(ISU-1GP)」。キャスター付きの事務用椅子を使って2時間でどれだけコースを周回できるかを競う耐久レースとのこと。見たほうが早い。

 2010年京都府京田辺の商店街で始まり、いまでは全国12カ所、海外は台湾でもレースが行われているという。コクヨの公式チームが参戦しているのには笑った。どんな姿勢でもOKだが、スピードと体力効率を考えると、後ろ向きに座って足で蹴りながら移動するのがベストらしい。

巨人の肩

 わたしがお薦めしたのは、「巨人の肩に乗る」ための3冊。

 アイザック・ニュートンが手紙の中でこう言ったという。

私がかなたを見渡せたのだとしたら、それはひとえに巨人の肩の上に乗っていたからです。
If I have seen further it is by standing on ye sholders of Giants.

 この「巨人」とは先人たちの知恵でありデータを集積したものだ。どんな天才といえども、ゼロから何か巨大なものを創り出したり、発明することなんてできない。必ず、先行研究者たちの教えを学び、そこに自分の研究なり仕事を乗せるからこそ、成功に結びつくことができる。

 こうした「巨人」は、既に世の中に出ており、図書館に行けば無料でいくらでも利用できる。また、世の中の多くの人々が、既知の事例とみなしていることもある。

 しかし、まさにその「巨人の肩に乗れるように」=「知識を使えるように」したものはほとんどない中、これらがそれに匹敵する。

 ひとつは、『アイデア大全』『問題解決大全』のセットなり。ガチ教養人の哲人である読書猿さんが書いたもので、学問領域を横断して集め、実際に使える形にした、技法集である。その技法を支えている思想や歴史的背景まで紹介し、関連書籍へといざなっており、まさに「使い倒すための教養書」といえる。

 これ読むと、あらゆる問題は、先人が既に悩んでおり、わたしたちは、いかにその解決技法にたどり着くかが問題なのだということが分かる。一生モノの一冊。わたしのレビューは『アイデア大全』『問題解決大全』に書いた。

 もうひとつは、『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』だ。伝説のモンスター・ブロガーふろむださんが書いた、賢者の書であり悪魔の書とも言える一冊。行動経済学、認知科学の知見を「武器」の形にまで仕上げており、悪用もできるし、跳ね返って自分をも傷つける恐れがある、両刃の剣としての「教養」だ。

 煽り気味な書き方だけど超マジメに語っており、一言なら「人は器に従うが、器はマネジメントできる」になる。わたしのレビューは、『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』に書いた。お試しは、『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』第1章で読める。

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 驚いたのが、30人ぐらい集まった中で、読書猿さんやふろむださんのブログを、数えるほどしか知らなかったこと。とりあえず全員に「全て忘れてもいいから、このブログだけはチェックするように」と念押ししておいた。

まとめ

 「のりもの」をキーワードに、航空機、クルマ、鉄道、自転車、馬、除雪車、船、宇宙船、音楽、クジラ、ほうき、ポケモン、人体、辞書、時、巨人の肩と、出るわ出るわ山と出会った。「初めて見た! すごい!」というものから「そういう見方があったのか!」という気づきまで、発見に満ちた数時間でしたな。

 特に印象的だったのが、子どもたちの発表。スゴ本オフは、「好き」を伝える場なので、大人も子どもも関係ない。自分がお薦めする作品を、好きなだけ語ればいいのだが、皆さん、分かっていらっしゃる。

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 大勢の大人が固唾をのんで見守るなか、自分の好きなものを伝えて、沢山のフィードバックと大きな拍手をもって迎えられるような経験は、(おそらく)この子らにとって、初の体験だろう。少し恥ずかし気に、そして誇らしげにプレゼンする子どもたちを見てて、なんかジワっとくる。それと同時に、その「好き」を大切にしてほしいと願う。

 そうなんだ、「好き」を大きな声で伝える場としてのオフ会であり、その「好き」でつながりあう場としてのここなんだ。このブログもそう、バーチャルな場所かもしれないが、あなたにとってのスゴい本は、きっとわたしは読んでいない。だから、ぜひとも教えて欲しい。これがスゴいよってね。

 ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。また、台風22号直撃の香港からSkypeで参加いただいたり、twitter経由でお薦めをいただいたり、リアル+ネットで色々混ざり合うことができ、感謝の限りありません。

 次のテーマは、「冒険」。この言葉から想起されるのであれば、なんでもOK。小説、漫画、ゲーム、ノンフィクション、音楽、動画、映画、舞台、サイトURL、イベントなんでもいいし、行きて還る冒険物語でも、アドベンチャーゲーム(古い?)でも、ベンチャー(投機)も冒険だし、アバンチュールだって「恋の冒険」になる。

 あなたのお薦めの「冒険」を、教えてくださいませ。最新のスゴ本オフ情報は、facebookスゴ本オフをチェックしてくださいまし。

おまけ

 スゴ本オフ「のりもの」で紹介いただいた本は以下の通り、参考にしてくださいまし。

クルマ

  • 『Esquire Japan Dec,1989』(エスクァイア マガジン ジャパン)
  • 『スーパーカー誕生』沢村慎太郎(文春文庫)
  • 『魂の駆動体』神林 長平(ハヤカワ文庫)
  • 『あかくん まちをはしる』あんどう としひこ (福音館書店)
  • 『お笑い 男の星座 芸能死闘編』浅草キッド(文春文庫)

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除雪車

  • 『はたらきもののじょせつしゃ けいてぃー』バージニア・リー・バートン(福音館書店)

飛行機
  • 『ちがった空』ギャビン・ライアル (早川書房)
  • 『フランクフルトへの乗客 』アガサ・クリスティー(ハヤカワ文庫)
  • 『ローズ・アンダーファイア』エリザベス・ウェイン(創元推理文庫)
  • 『生存者』P・P・リード(新潮文庫)
  • 『未完の計画機 (命をかけて歴史をつくった影の航空機たち)』浜田 一穂 (イカロス出版)
  • 『夜間飛行』サン・テグジュペリ(新潮文庫)
  • 『Jetman Dubai(youtube)』Jetman(youtube)
  • 『スカイ・クロラ』森 博嗣(中公文庫)
  • 『ステルス戦闘機―スカンク・ワークスの秘密』ベン・R. リッチ(講談社)
  • 『ゼロと呼ばれた男』鳴海章(集英社文庫)

鉄道
  • 『はしれ、きかんしゃ ちからあし』小風さち(福音館書店)
  • 『ヒューゴ(きかんしゃトーマス)』-(-)
  • 『でんしゃ・しんかんせん (はっけんずかん)』なかさこ かずひこ、西片 拓史 (学習研究社)
  • 『マリアビートル』伊坂 幸太郎(角川文庫)
  • 『新幹線大爆破』 高倉健, 千葉真一, 宇津井健(東映)"
  • 『日本鉄道名所 勾配・曲線の旅 (4) 東海道線』宮脇俊三(小学館)


  • 『華竜の宮』上田 早夕里(ハヤカワ文庫)
  • 『エンデュアランス号漂流』A・ランシング(新潮文庫)
  • 『サードマン: 奇跡の生還へ導く人』ジョン・ガイガー(新潮文庫)
  • 『そして、奇跡は起こった!―シャクルトン隊、全員生還』ジェニファー・アームストロング(評論社)
  • 『能百十番』増田 正造(コロナ・ブックス)
  • 『老人と海』アーネスト・ヘミングウェイ(光文社古典新訳文庫)

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宇宙船

  • 『宇宙からの帰還』立花 隆(中公文庫)
  • 『女子高生、リフトオフ!』野尻 抱介(早川書房)
  • 『われらはレギオン』デニス・E・テイラー(ハヤカワ文庫)

ロードレーサー
  • 『サクリファイス』近藤 史恵(新潮文庫)
  • 『シークレット・レース』タイラー・ハミルトン(小学館文庫)
  • 『のりりん』鬼頭莫宏(イブニングコミックス)
  • 『疑惑のチャンピオン(映画)』ベン・フォスター(松竹)

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ホウキ

  • 『魔女の宅急便』角野 栄子(角川文庫)

ポケモン
  • 『ポケットモンスター サン&ムーン 公式ガイドブック』元宮秀介』(オーバーラップ)

音楽
  • 『イッツ・マイ・ターン』フィロソフィー(philosophy of tye world)
  • 『ライブ・ライフ』フィロソフィー(philosophy of tye world)
  • 『日本海夕日ライン』RYUTist(RYUTO RECORDS)
  • 『MACHINE(音楽)』BUCK-TICK(ビクター)

いろいろ
  • 『ヒャッケンマワリ』竹田昼(楽園コミックス)
  • 『Codex Seraphinianus』Luigi Serafini(Rizzoli)

カヌー
  • 『日本の川を旅する』野田 知佑(新潮文庫)

クジラ
  • 『リヴァイアサン-クジラと蒸気機関-』スコット・ウェスターフィールド(ハヤカワ文庫)

森本レオ
  • 『神菜、頭をよくしてあげよう』大槻 ケンヂ(角川文庫)

巨人の肩
  • 『アイデア大全』読書猿(フォレスト出版)
  • 『人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』ふろむだ(ダイアモンド社)
  • 『問題解決大全』読書猿(フォレスト出版)


  • 『直線』ディック・フランシス(早川書房)
  • 『本命』ディック・フランシス(早川書房)

椅子
  • 『いす1グランプリ(イベント)』(羽生市商工会青年部)


  • 『ドゥームズデイ・ブック』コニー・ウィリス(早川書房)
  • 『航路』コニー・ウィリス(早川書房)

辞書
  • 『学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方』サンキュータツオ(角川学芸出版)

人体
  • 『デマコーヴァ』森山塔(小学館)
  • 『新装版 解体新書』杉田玄白(講談社)
  • 『天才感染症』ディヴィッド・ウォルトン(竹書房文庫)

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子どもの目に触れさせないようにしていた作品

 結論から言う、見せたいものは隠せ。

 子どもは、親の言うことなんて聞かない。これには「絶対」をつけてもいい。幼少ならともかく、成長につれて親の言うことには、反発する・無視する・聞き流す。

 ただし、親の「する」ことはマネする。ここテストに出るところ。子どもは、親の「言う」ことは聞かないが、親の「する」ことはマネをする。

 だから、親が「これ、好きになってほしいな」と思うものは、そのまま言っても聞かない。反対に、親が好きな「これ」を、子どもの目に触れさせないようにして、コッソリ楽しむ。すると、子どもはどこからか嗅ぎつけて、手に取ってみるのである。

「トットちゃん」より「鬼畜」好き

 わたしが嗅ぎつけたのは、『化石の荒野』『鬼畜』『人間の証明』だった。親からすると、『窓際のトットちゃん』『星の王子さま』『はてしない物語』を読ませたかったらしいが、そんな「オモテの本」よりも、親の本棚から盗み読みした西村寿行や松本清張に、えらく興奮したものである。

 そんなわたしが親になり、子どもにたっぷり読み聞かせ、自力で読めるようになった頃、「ちと早いかな?」という作品を軒並み仕舞った。もう少し大きくなったら見せるつもりで、子どもの目に触れさせないように隠したのである……

 ある日、娘が心底嬉しそうな顔で「お父さん、これ面白いね…」と持ってきたのは、『鋼の錬金術師』。聞けば、何の気なしに探しあて、なんとなく一巻を読み始めたら止まらなくなり、世の中にこんな面白いものがあるのか、イッキに全巻読み切ったという。

一生に一度の、最高の贅沢

 予備知識なしでハガレンを一気に読むという贅沢! これは、一生に一度しかできない貴重な経験なり(かなうなら、わたしも記憶を消して読みたい)。連載時は次の話を読むために1ヶ月待ったんだよと言うと、信じられないとのこと。

 その後、何度も何度も繰り返し読み返したらしい。話しているだけで分かる、物語の面白さだけでなく、「人間とは何か」といった人間の定義や、「等価交換の原則」など、娘の価値観にも大きな影響を与えている。

 振り返ってみると、子どもに薦めたものよりも、子どもから隠した作品のほうが、どっぷりとハマってくれているような気がする。

子どもの目に触れさせないようにした作品

 『鋼の錬金術師』は、ちとグロいのと物語的なエグさに、もう少し大きくなってからと隠した。『冴えない彼女の育てかた』は、あざといエッチに中(あた)るのが心配で隠した。手塚治虫の短編集はジェンダー的に不適切なエロを感じて隠した。旧約聖書と新約聖書は「神のみ名のもとになんでもあり」なので隠した。『メイド・イン・アビス』の可愛さとキツさは理解できないと思って隠した。百合はさすがに早いので『青い花』と『きんいろモザイク』を隠した。『この恋と、その未来。』は最高のラノベなので最後に読んでほしくて隠した。

 ところが、本棚の裏や戸棚の奥、クラウドの隅にある作品を、着々と見つけては粛々と消化している。上に挙げたのはほぼ全て読み切っている(はず)。子どもからすると、わたしの思惑なんざ、知ったことではない。子どもは、読みたいものを読むし、観たいものを観る。

 本だけでなく、アニメもそう。いつのまにか探し当てられ、貪るように観ている。『天元突破グレンラガン』や『輪るピングドラム』、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』も全話視聴済みという。わたしが親の本棚を漁ったように、子どもはわたしのクラウドを渉猟する。

親の役目=準備

 わたしも『はてしない物語』を薦めたが、イマイチの反応なりw でも、それでいいのだ。「あんな本があったな」と心の隅にでも置いといて、いつか、ふっと手にしてくれれば。ただし、その「ふっとしたとき」に手に届くところにその一冊が置いてあるか、ないか、それが重要であり、それこそが親の役目じゃないかな。

Kodomonomeni

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物語を書く「前に」知るべきこと『工学的ストーリー創作入門』

 もちろん葬った原稿が沢山ある。

 うぬぼれ&創作欲に突き動かされ、勢いだけで書き始め、そのうち行き詰まる。なんとなく良くないのは分かるが、それが人物なのか構成なのかシーンなのか分からない。描写を直すと人物が色褪せ、シーンを変えると構成が崩れる。結果、原稿を書くたびに一からやり直すハメになる。最後まで書き上げられるかは運まかせで、最後まで行けた試しがない。

問題は書く「前に」ある

 これは、やり方が間違っている。何年かけても完成しない。『工学的ストーリー創作入門』を読まなくても知っていたが、本書でとことん思い知らされる。わたしの努力は無駄ではないかもしれないが、非常に効率が悪い。問題は、書くことそのものよりも、その「前に」存在している。

 『工学的ストーリー創作入門』(Story Engineering)は、物語を書き始める「前に」知るべきことを整理するだけで、ストーリーは工学的に作り上げることができるという。しかも「売れる」物語を、である。Rootport 師匠が読んでいたので気になって手に取ってみたら、これが正解だった(ありがとう!)。

スティーヴン・キングの方法は間違っている

 著者によると、わたしの書き方は「パンツィング」と呼ぶらしい。スティーヴン・キングの書き方と同じで、「アイデアが浮かんだらとにかく書け」というやり方である。勘と経験を頼りに即興で書くやり方で、練りながら書き、必要とあらばイチから書き直す。

 この方法は、キングのようにストーリーの型や機能、構成を熟知していてこそ可能で、非常に効率の悪い書き方だという。さらに即興で書いた原稿を直して仕上げる鉄の意志が必要になる。スティーヴン・キングの『書くことについて』は、未来の天才のための覚書きと考えた方ががいい。生存バイアスに従って凡人がマネをしても無理というもの。

物語の工学論

 ストーリー創りは抽象的で、「とにかく書け」「キャラにしゃべらせろ」「オリジナルの文体で」といったTips的なネタの寄せ集めになる。本書は、そうしたネタの核心を体系的に衝いており、「これさえ押さえておけばOK」という型を打ち出す。いわば物語の工学論であり、売れる物語はすべからくこの法則に則っているといっていい。

 『物語工学論』といえば同名の新城カズマの著作がある。物語の創作において、必ずしも独創性やオリジナリティが求められるわけではない。ある種の型を元にマイナーチェンジをすることで、創りあげることができるという。

 『物語工学論』では「物語=キャラクター」に特化している。物語の構成をキャラクター類型ごとに分け、そこから再生産する方針だ。キャラに限定されているとはいえ、物語をエンジニアリングできるという発想は素晴らしい。一定のプロセスと構成を経て、物語を創造することは可能なのだ。

物語の構成を視覚化する

 物語構成を視覚化する一助として、大塚英志『キャラクター小説の作り方』が役立つ。あらゆる物語を動かす原理として、「主人公は何かが"欠け"ていてそれを"回復"しようという"目的"を持っている」がある。そして、この目的に向けてどのような情報を出し入れすれば良いかは、物語の構成を視覚化することで確認する。

 その方法は、「カード&プロット法」になる。ワンシーンにつき一枚のカードを用意し、プロットを記入する。そして、カードを時系列に並べ、伝えるべき情報や伏線、シーンの重複などをチェックし、カードを増減するのだ。これは、お気に入りの小説や映画をカードに分解することで、物語構成を視覚化することができるという利点もある。

ストーリーを成立させる6つの要素

 『物語工学論』ではキャラクター類型、『キャラクター小説の作り方』では物語の構成を紹介した。『工学的ストーリー創作入門』はこれらを包括して、トータルとして何を、いつ、どのレベルにまでするべきかが解説されている。本書によると、ストーリーの本質は「コンセプト」「人物」「テーマ」「構成」の4要素になり、「シーンの展開」「文体」の2つによって成立する。ざっくり紹介すると、次のようになる。

  1. コンセプト : ストーリーの土台となるアイデア。「もし~だとしたら?(what if ?)」という問いで表すとはっきりする。その問いの答えが新たな「what if ?」を生み、枝分かれして層を作る。いろいろな選択や問いへの答えが集まってストーリーになる。
  2. 人物 : ストーリーには主人公が必要。読者に好かれなくてもいいが、感情移入できるように設定する
  3. テーマ : 抽象的だが明確にできる。コンセプトとの違いに注意。テーマとは「世の中の何を描き出すか」
  4. 構成 : 物事を伝える順序とその理由。勝手に崩せない型がある
  5. シーンの展開 : ストーリーはシーンをつなげて作る。シーンの展開にも原則とガイドラインがある
  6. 文体 : 建物の塗装や人の服装のように、表面を飾る

 そうした上で、コンセプトの立て方、人物の7つのカテゴリーと3種類の次元、構成の原則とシーンのボリューム割、テーマのストーリーへの関わり方を掘り下げる。「ストーリーの本質はコンフリクト(葛藤、対立)」とか、イッキ読みをさせるには、シーンの終わりで問いを出す「カット・アンド・スラスト」テクニックなど、著者自身が実際に使っているフォームが惜しげもなく展開されている。

物語を書く「前に」知るべきこと

 いわゆる神絵師が自分の制作過程をYoutubeで公開しているが、その物語版といってもいい。わたしたちが目にするのは、実際に完成された絵や小説という「作品」だが、それらがどういうプロセスで作り上げられ、何に気を配られているかを知ることは、自分がそれを描く・書くときにものすごく役に立つ。

 逆に、そうした知識や技術を描きながら・書きながら身につけるのは至難の業だろう。本書では、「物語を書く『前に』知るべきこと」として一枚の紙にツール化している。いわゆる「物語の書き方」を謳うハウツー本を凝縮した内容で、完成度の高い原稿が書けるという。プリントアウトして、机の前にでも貼っておくといいかも。

ストーリーのコンセプト面でのフック/魅力は何か
・「もし~なら(what if)?」の問いで表せるか
・その問いに答えられるか
・その問いは即、新たな「もし~なら?」を生み、プロット展開を促すか

ストーリーのテーマは何か
・ある視点からテーマを描きたいのか、テーマを探究したいのか
・ストーリーから複数のテーマが思い浮かぶか

ストーリーはどのように始まるか
・出だしにフックはあるか
・プロットポイント1の前、主人公は何をしているか
・プロットポイント1までにどんな危機感が設定されているか
・人物のバックストーリーは何か
・ストーリーが進むにつれて主人公の内面の悪魔はどのように表れるか
・プロットポイント1の前に伏線で何を示すか

プロットポイント1で何が起きるか
・プロットポイント1は適切な位置にあるか
・プロットポイント1は主人公をどう変えるか
・主人公に新たに生まれる必要性/旅は何か
・その必要性の裏で何が危機に晒されるか
・主人公に反対するものは何か
・敵対勢力は何を失うことを恐れているか
・この時点で読者はなぜ主人公に共感するか
・主人公は敵対勢力についてどう反応するか

ミッドポイントはストーリーの流れをどう変えるか
・ミッドポイントで主人公や読者に新情報をどう提示するのか
・それはストーリーの流れをどう変えるのか
・ドラマ的なテンションやペースはどう上がるのか
・主人公はどう前進するのか、あるいは攻撃するか
・この攻撃に対し、敵対勢力はどう反応するか
・主人公の内面の悪魔は攻撃にどう反応するか
・プロットポイント2の直前、希望を失くして小休止する場面はあるか

プロットポイント2では何が起きるか
・その出来事は主人公をどのように積極的な態度に変えるか
・主人公はどのように主導権を握って問題解決に向かうか
・その役割は主人公の望みをどう満たすか
・主人公の内面の悪魔の克服はどう表れるか
・ストーリーの中で設定した危機はどう決着するか、誰が何を勝ち取るか、誰が負け何を失うか
・ストーリーの結末で読者はどんな感情を体験するか

 こうした問いかけに対し、答えられないのであれば、その「答え」に相当するものを考え、物語に組み込まなければならない。「プロットポイント」「ミッドポイント」など、用語の意味が分からない場合は、本書に戻って確認すればいい。このツールだけで分かるのであれば本書は不要だが、ツールの使い方まで知っているのであれば、そもそも「物語の書き方」なんて読まないプロフェッショナルだろう。

それでも書くのは「わたし」である

 他にも、プロットポイントの設定の仕方、ミッドポイントの役割、シーンが果たすべきこと、書くべきでないタイミングなどといった、優れた物語の「型」が説明される。

 これらのレシピがあれば、物語は書けるか? 否である。食材が必要で、料理人が必要だ。型だけあれば、あとはひとりでに物語が出来上がるほど簡単じゃない。型なしよりは苦労を減らせるが、あくまで書くのはわたしだ。

 書きあぐねている人、書き詰まった人、書けない人に薦める一冊。

Storyengineering

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